消えたドリンク代600円を探して
開場30分以上前に余裕を持ってライブハウス付近に着いた。実は先月も同バンドのツアーに行ったので、長引く物販の類いには目もくれず。
ソールドアウト公演につき、用意されたクロークのビニール袋にコートとリュックを押し込み、薄着で過ごせば当然ながらくしゃみが出る。
それはそうと、真新しいデニムパンツのポケットに入れた筈のドリンク代がない。
支度の段階では100円玉が10枚あった。そのうちの4枚はさっきのクロークに使い、残りの6枚が急に行方を晦ませる。
本来なら財布に収めておくべきところを、じゃらじゃらうるさいまま交通機関を利用してここまできた。
もしや既に預けてしまった荷物の中に紛れ込んでいるのではなかろうか。はたまた、駅から会場の間でスリに遭って。
段々と人が増えるなか、想像を巡らせる。
ドリンク代(と、物販)もキャッシュレス化が進んでいるが、ここは昔ながらのライブハウスで、支払い方法が現金のみだった(絶望感)。
諦めそうになるとどこからともなく応援ソングが聴こえた(あと15分、まだイケる、間に合う)。
忙しなく辺りを見渡して知り合いの姿を探す。周囲は整理番号順に並び始め、自分は〈133番〉だ。
スタッフが声を張り上げ、呼び出された番号の早い者は地下への階段に移る。
毎回思うのだが、微妙に聞き取りにくい(男性の場合が多いのも不思議のひとつで、もっと声の通る女性がいるような)。
キャパシティはおよそ300名、SNSのフォロワーがひとりは居て欲しい、けれども、皆一様にグッズのTシャツを身に付けており、新旧織り交ぜた程度の違いで、同じにしか見えなかった。
顔、顔、顔、黒、黒、白。
これではまるでライブハウスの周りをぶらつく不審者のようである。バンドマンの出入り待ちにしては時間がおかしく、焦るあまりポケットに幾度も手を突っ込む。

すると、尻に違和感を覚えた。
何かが張り付いている。整理番号1番の人が建物に入って行った。列がスムーズに進み、冷や汗をかきつつ、ただでさえ薄っぺらいのにカイロの如くぴったりとして温もりに溢れる小銭を掻き集めた。
半数近く収容された頃でも呼び出しはなあなあにならない。きちんと待ってから、紙チケットではなく電子、スマートフォンの画面を見せ、何とかドリンク代を小さな紙切れに換える(さて、と。今夜は何を飲もうかな)。
交換の時間は特に指定されておらず、終演後まで(※中には終演後不可も。事前に調べておくと良い)。早めにビールを呑んでほろ酔ったり、ライブの余韻に浸ってソフトドリンクを飲んだり。
冬は冷えるため、終演後、慌ただしく外にプラカップを持って出て一気飲みすると腹を壊す恐れがあり、おすすめはできない。
しかし、飲み物の種類が豊富なのも魅力的(場所による)で、目を凝らして真剣に細かいメニュー表を見て、
「テキーラコークください」
と言った。

あれほど心の中で喚き散らし、渇いた喉に香り高いカクテルが通っていき、開演を楽しみに至上の喜びを味わう。
に、しても覚えがなく〈ドリンク代はポケット間を瞬間移動した〉と考えられる(まったく、勘弁してくれよ)。
「あーっ、柘植さん。こんばんは」
黙って後方の壁に寄り掛かると、顔馴染みのフォロワー・テディがスーツのまま現れた。
平日の晩、19時前に全ての観客が何の予定もなしに集まることは不可能で、彼のような「仕事帰りです!」と言わんばかりの人々もギリギリにやってくる。
「どうも。お疲れさま」
会釈を返すと、テディは「お隣いいですか」と続けた。
「勿論」
年が近い彼とは昨年、物販待機列で初めて話し、SNSを教え合った仲。あちらが名乗らなかったせいで、こちらだけ苗字を知られている不恰好な状態。
「あのさぁ、聞いてよ」
長い人生のうちほんの一瞬、手元から消えた600円の話でもしよう。数分でライブが始まる。
★ロッカーや紙コップにするか、先行物販をなしにして開場後または終演後に描くか、1つずつ悩みながらストーリーを作りました(当日券についても書きたかった、またの機会に)。
行ったことがなくても伝われば嬉しいです&ライブハウスの思い出を教えてください。
