見出し画像

心を映し出す鏡とは何ぞ


 喉まで出た言葉を探している。掴み掛けたところで目が覚める、大抵はうーんとうなされ、汗をびっしょりかいて。
 しかし今朝の場合は違った。
 夢の途中で〈ケークギャル・けいこ〉を見つけ、意味不明な響きが頭にこびりつく。


 外出先は不慣れな都会ゆえに歩みが辿々しくなる。道端に寄れば木陰が揺れ、スマートフォンの道案内はでたらめの疑い、その横を幾人もが通り過ぎた。
 すると、絞れる程に濡れたシャツを着て、暑さに参った様子の男性に街頭インタビューを申し込まれる。

「少しお時間よろしいですか」
昼の情報番組だとかで、趣旨を軽く説明される際、彼の口から漏れた〈ケークギャル・けいこ〉に、ぶわっと鳥肌が立ち、
「ごめんなさい、協力できません!」
と断った。
 多分、声を掛けては許可を取り、撮影しても相応しい回答が得られずに繰り返しているのだろう。大変な仕事だ。


 それにしても向けた背筋が凍る。
 走り出すと、例えるなら衣類用の〈超〉冷感ミストを誤って大量に浴び、あまつさえ突然の雨に打たれた日だったり、だけ季節外れのようで、違和感を覚え、目的地に急ぐ。
 さくらんぼのようなエナメルのバレエシューズが足に実る8と9月の間で。


 レンガの屋根、煙突、全体的に変わった形、丸みを帯びた窓や木製の扉で、カラフルなキノコのオブジェに囲まれ、草花が生い茂って、森の中にある妖精の家を思わせる、ここはファンタジーの世界か。
 否、アンティーク雑貨・家具を取り扱う店だった。
 苔むしたスツールの背比べ、ランタンスタンドにぶら下がるどんぐり、さりげなく飾りをつけた古看板、どれも可愛らしく、思わず息を呑んで見惚れる。
 こういった場所を巡るのが毎週の楽しみ。


「てか入らないわけ?」
 外観の写真を趣味のフィルムカメラで撮っていると、一際小さい窓からいきなりギョロっと、周りを黒で囲んだ目が見え、予想に反する口調で喋ったので、私はたじろいだ。
「おいで、中は涼しいよ」
 続けて殊の外、気さくに誘われたため、店内の何某にぺこりと頭を下げ、ドアハンドルに手を伸ばす。


 真っ先にどん、と視界に飛び込んできたのは奥のコーナー。壁一面に額縁、絵画、時計、鏡がびっしり、の下にはエレガントな(祖父母宅の豪華絢爛なカーテンの模様などと似通った)カウチがあり、いつの間にか窓辺から移った魔女が堂々と売り物に腰掛けていた。
セリーヌちゃん、やっほー」
久しく私の周囲では聞かない挨拶である。

 また、セリーヌと呼ばれたが人違いも甚だしく、何より彼女が、ストレートに言うと、この店に不釣り合いな傷んだ金髪ロングに小麦肌、つり上がった細眉、アイメイクの濃さと比べて控えめなベージュリップ、体型にフィットしたボタニカルな柄のミニワンピース、厚底サンダルをココナッツが香る生足で履く。
 面食らった。


 高校生くらいで時間が止まったかの如くすこぶる現役で、されど30代後半から40代らしき雰囲気がどこか漂う。
「やっぱり帰ります」
衝撃を受けて私がきびすを返す刹那、
「ごーめーん、って。初めてのお客さんだよね。ヴィンテージとアンティークは100年未満か以上の差、的な。高額だし、アタシが教えてあげる」
要らぬお節介に引き止められる。


 レッスン代とやらが、入り口の脇に置かれたキャビネットにこじんまりと並ぶアクセサリーのうち、細部に至るまで彫刻が施されたバレッタの値段と変わらず、腹をよじって笑い「ふざけんな」と一喝する気にすらなれなかった。


 素敵な店だが、やたらと構いたがるスタッフを引き剥がして、欲しかったロマンティックな秋色の花束が描かれた手鏡を諦める羽目になり、もやもやを抱えながら何も購入しないで出る。

 と、どこからともなくグレイヘアでシャツの袖をまくって、サスペンダーパンツを着こなした粋な老紳士が現れ、眉間に皺を寄せて身勝手な魔女を
「店員じゃあない、ウチの娘だ」
と追い払い、私に向かって
「お客様にご迷惑をおかけし、申し訳ございません。わたくしが少々、店を空けてしまったことが原因です。つきましてはーー」
つまり、謝った。


 自分としてはそうされると許す他なく、だいぶ安く買えて良かった、あとは、会計のついでに尋ねる。
「先程の女性は、もしや〈ケークギャル・けいこ〉さんでしょうか」
「えーっ。セリーヌちゃん、アタシの名前知ってんの!?」
 裏に引っ込んだはずのけいこが再びひょっこり顔を出し、父親に目で牽制されて、戻った。

 何だ、これは。
 〈ラスボス〉に勝てなかったゲームの電源を切って、しばらく経ったらあっさりクリアできた時のような感覚に包まれる。

 さて。
 用事を済ませ、小腹が減ったので近くのアイスクリームパーラーに行き、スプーンで幸せをすくった。
 自宅以外で食べるのはいつ以来、不安定な週間天気予報、試しにスマートフォンで〈ケークギャル・けいこ〉と打ってみる。
 
 ……検索中……


 確かに異世界へと連れて行かれ、尚且つ個人経営の小さな店ながら品揃えが豊富で、充分、取材の対象になり得た。
 あの番組は。強烈な彼女の情報を集めるべく事前に調査を行い、面白おかしく名物店員に仕立てるつもり?
 テレビのことはよく分からなくとも、ほの明るい画面が知らせる。

 見つかりません。



 驚きのあまり私は、スマートフォンを放り投げて叫びそうになって、バニラ風味の冷たい唇を痛い程、噛み締めた。
 急激に終わりを告げる夏、心なしかBGMはスローに、手鏡が入ったオリジナルのクラシックな紙袋(サービスでシャンパンゴールドのリボンつき)が、僅かに震える。

 謎の〈ケークギャル・けいこ〉。
 ねえ、今こそ教えてちょうだい。
「一体あなたは誰なの?」