僕は君の本名を知らない(上)深夜・ラブレター
この一本が終わったら言おう、を繰り返した挙句、
「ずっと友達でいてね。」
煙の向こうへ消えないでくれよ。
花火をしようだなんて口実で、君の夜が欲しかった。儚く散る線香花火のような恋、ひと時の幸せ……
「いやー!何度聞いても笑えるわ。」
腹を抱えて、酒の肴にされる。もう散々だ。
落ち込んだあの日、ふらりと立ち寄った居酒屋で、柄にもなく常連らしき初対面の女性に声を掛け、奇跡的にSNSを交換した。
以来、何が始まったかといえば、屡々呼び出され、〈俺が拗らせた長年の片想いについて語る会〉即ち、恥晒しである。
幼馴染が好きだった。
彼女と仲良く遊ぶうちに、自然と芽生えた感情を、幾らぶつけても通じず、そこら辺のどうでもいい男とばかり交際する様子に苛立ちを覚え、壊れるくらいなら寧ろ、と安全な方に逃げて関係を続ける。
結果、友人止まり、これ以上は付き纏うな、目には見えない線を引かれて夢が打ち砕かれた。
かといって、こちらを揶揄うのが趣味な萌絵(もえ)との間には当然ながら甘い雰囲気の欠片もなく、凄まじい未練がましさ、焦燥に駆られる。
「マッチングアプリやれば?」
「あのね、俺はそういうのじゃなくて、」
「出た、謎のこだわり。いちいち面倒臭い。」
実は経験済み、早々に距離を縮めようとしてしまい、相手からやんわり断られた(どうせ下心しかねえよ、また新鮮なネタが生まれただけ、黙っとこ)。
さておき、カウンター席は腕が触れて、恋人同士と思われるだろう、画面が伏せられたピンクのスマートフォン、それなのに連絡先を聞けない、いつまでもダイレクトメッセージでのやり取り、冷えたビールが喉を通る。嗚呼、狂おしい程に夏。
梅田(うめだ)、あだ名は特になかった。
朝起きて、寝ぼけ眼で顔を洗う時、鏡に映る自分が俳優のような美形ならば苦労せず。
〈なんか気持ち悪い〉などと言われやすく、その理由も納得できる。
但し、萌絵は人の容姿を弄らない。
なんだかんだ俺に優しくて、そこが良いところだ、けれども、SNSを開くや否や、男女グループで出掛けた云々の投稿が視界に飛び込んできて、あまりにも眩しく、そっと閉じた。
楽しそうで何より、仲間にかわいい子がいた、隣のあいつはもしや、彼氏では?
考えてみれば毎度、聞き役に回る彼女の苗字はおろか、生年月日(ここは過去の写真から窺えた)、住所、職業等を知らない。そんなもんか。ネットの世界で繋がったフォロワーと似て、指一本で簡単にブロック、刹那的な、別れは突然、訪れる。
近くて遠い、輝きに手を伸ばして避けられ、会えなくなることは想像に容易かった。
「なんで誘ってくんないの?昼飯とか。」
夏季休暇。いつもの店にて、ジョッキを前に本音が漏れる。萌絵は、酔って絡んでもメニューを眺めたまま全く動じず。
出会った際、豪快に1人で呑んでいる後ろ姿がカッコよくて惹きつけられた。だが、そろそろ飽きる。
「あーっ、無性にラーメン食べたい。」
「わざとらしいんだよ。」
透ける素材のシャツを羽織り、短い丈のタンクトップが、カジュアルなデニムパンツを穿いても艶めき、邪魔だからと緩やかに巻かれた焦茶のロングヘアを結ぶ。隙があって、正直に認める、好みだ。
とはいえ、あちらが求めるのは面白味、尾ひれを付けてでも笑わせる。
「結局、他の場所じゃダメでしょ。はいはい、俺は萌絵ちゃんのおもちゃです。」
「もうやめときな。ほら、水。」
介抱に慣れた彼女の唇をぼんやりと見つめて、今ならイケる、訳がない、かき氷の如く冷たい視線を向けられた。
ついやっちまった、終了、嫌われる。周囲が大いに盛り上がる中での沈黙は居た堪れなさを加速させて、汗で濡れた服が肌に張り付く。
「勢いで夜に打った文を読み返さずに送っちゃうの、梅田。」
「…すげえ恥ずかしいやつ…ごめんなさい。」
太陽を待つまでもなく二日酔いのように後悔が押し寄せ、呻いて頭を掻きむしる。アルコールに頼らなければ不可能で軽率な行動によって、縁が切れた。と思いきや、吹き出して顔をくしゃくしゃにする。肩の力が抜けた。
「感情爆発迷走、せいぜい反省しろ。まあ、投げてさ、届くかもだし。受け取った側に刺さる言葉かは、」
急に口をつぐんで、こちらの染まった頬をつつき始める。爪の先端がほんの少し痛いが、嬉しかった。うん、やっと分かった、俺は萌絵を失うのが怖いから、時間、止まんないかな。
26歳、勤務先は同性だらけ。
学生時代にバンドを組めばモテる、と単純な考えでギターを弾くも、愛しの幼馴染がメンバーに奪われる。初めて誰かと本気で喧嘩した。
即脱退、俺抜きのライブ、部屋に閉じ籠もり、泣きながら布団を抱き締めて、数年後にしれっと『梅田、生きてる?(笑)』のふざけたメッセージを寄越される。横取りでズタズタにしておいて、すぐ別れたくせに、奴は(勿論、怒り狂った)。
兎も角、将来的には選ばれる。自分に言い聞かせ、幾度も無理に彼女の幸福を願い、はぐらかされてきて、躊躇う愛の告白を、ついにはさせてもくれず、故にまだどこか消化不良の帰り道、8月下旬、浴衣美人に見惚れたせいか、要らぬ報告、日焼け肌の筋肉質な〈新しい彼氏〉が現れた。最も恐れていた事態、結婚を前提に、を添えて。
★作風変わった?主人公・梅田の性格に合わせて書きました。
