金魚鉢と泡々
「お酒っておいしいですか」と真面目で働き者なアルバイトの高校生に聞かれた夕方は、質問の意外性に戸惑ってしまい、答えられなかった。
帰宅してシャワーを浴び、ビールの缶蓋を開けた刹那、自分なりの正解が導き出される。
「酒はね、嫌なことがあるとうまくなるんだよ」
ごくり、ごくり、と音を立てて呑む。どこのチャンネルもどうでもいい内容のテレビを観ながら、立ち尽くしたまま。
昼間はベテランのパート同士が嫌味を書き連ねた〈お手紙〉の応酬で騒ぎを起こし、片方が自分に泣きついてきた。
「チーフ、何とかしてください。あの人にこんな風に悪口を言われる筋合いはないんですけど」
喉まで出た「知らんがな」を引っ込めて困ったような表情を作る。
どちらかの肩を持つと悪循環に陥るため、彼女の話に付き合うくらいでーー対応がまずかったらしく、終いには当たられた。
入社してから希望休すら取らずに毎日働き、これといった趣味もないので仕事に打ち込み、気付いたら責任者となり、まあまあの安定を得たと思いきや、いつも余計なトラブルに巻き込まれる。
今では家で長らく飼っている金魚に愚痴をこぼす。飲酒量に伴い体重が増えた。新卒の笑顔がやたら眩しい。同期の何某に家族ができたと社内報で知る。勿論、自分に恋人はいない。
職場で買った惣菜と、虚無をビールで割ってくたびれた体に流し込む。
20歳を迎える際に酒は適量を嗜む程度のものだと父に教わった、しかし、およそ10年後あなたの息子は遠く離れた場所で正反対の飲み方をしている。
3つほど缶を並べ、混沌をつまみに。

せっかくテレビで漫才が始まったのに、この部屋に漂う悲しさは何だ、呑んだところで根本的な解決にはならず、せいぜい二日酔いしか残らないからか。
「はは、自分自身に正論ぶん投げてダメージ食らってる」
独言ちて金魚鉢に近寄り、ぼうっと金魚の尾びれを見つめた。
ゆら、ゆら。
まさか高校生に本音を言える訳がない、でなくとも、
「忙しい時も焦ったりせずに穏やかで、サクサク作業進めてくじゃないですか。尊敬します。僕、チーフみたいな大人になりたいです」
先日こう語られ、いつの間にやら理想とされており、
「いやぁ、俺は全然。やめといた方がいいよ」
顔から火が出るかと思った。
以前もその前の店も、悉く上司に恵まれなかったせいで、自分がチーフになったら、のシミュレーションだけはできていた、が、同じ金魚鉢に入れると喧嘩する金魚たちを巧みに操る領域には達していない。
そういえば店長に「そんな商品は売れない」とボロクソに言われて、後々「なんでもっとあれ発注しなかったの?」などと責められたことがあった(本当に意見がコロコロ変わる、天気の方が予報可能で幾らかマシだろう)。
流石に心が折れかけた日に、例のベテランふたりが自分よりプンスカしてくれて、また彼女らの口が悪く、最終的には笑いに転じ、抱えたモヤモヤが吹き飛んだ。
基本的に主張が強く衝突しがちだが、どうにか彼女らも味方につけ、ひとりでは成り立たない仕事を、やっていく。
「の前に、あと一杯」
★名もなき主人公が増えゆく、今日この頃。タイトルは「あわあわ」と読みます。
