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押しボタン式の毎日を飲み干す。{1/3} 醸造酒ヘリックス


『カラオケの謎映像が好き』なんてことのない独り言にいいねがつくのみか、フォローされたと通知がくる。相手はとは全くといっていいほど共通点がなく、アイコンにしていたサイコロのタトゥーがその時の気分に合ったため、フォローを返す。


 〈ジャックん〉との始まりはこのようにロマンティックではなかった。


 プロフィールによると職場は下北沢の古着屋、もうすぐ26歳、身長が190cm以上あり、耳には大量のピアスが刺さるかぶら下がっており、全身にタトゥーが入っている。


 更に毎晩、美術の教科書に載っていそうな顔立ちの女性と酒を酌み交わし、写真に映るツリ目気味の一重、毛先だけ金色が残って傷み切ったチリチリの黒髪、八重歯、期待を裏切らぬスプリットタン、動物で例えるなら間違いなく蛇であろう外見から、とんでもない人と関わってしまったと感じた。


 27歳、友人曰く「真面目ちゃん」な私の人生に無論、こういう男はおらず。
 勤務先のアルバイトスタッフが風邪などの理由により欠勤、要するに人手の足りない飲食店でホール業務を行う。

 そんな訳で平穏な生活にスパイスが加わり、
「ね、ね。お姉さん、普段いないよね。初めて見たかも。新しく入った人?」
ただでさえ忙しいのに酔っ払った客が絡んできた(水のようにアルコールを摂取し続けた結果がこれ、居酒屋に行って欲しい)。


「こら、やめなさい。すみません、お会計お願いします」
 何とか曖昧に笑ってやり過ごそうとしたところ、連れの者が助け船を出してくれる。
 滑らかな落ち着いた声、波打つ長髪に彫刻みたいな顔のパーツ、芸術点をつけたいブラウス、品があってミステリアスな微笑みをたたえる、どこぞで見掛けたような。


 毎夜、当たり前の如くタイムラインを占領する『今日も今日とて葉鳥と』の投稿が頭を過り、女性的なエレガントさを持つ男性はまさに葉鳥さん、即ち、隣でぶつくさ言う面倒な客はジャックんだと気付く。


 こちらが一方的に知る彼らが、画面越しではなく目の前におろうとも、仕事中だから関係ない。
 だが、いつの間にか
「ひょっとしてハトリさんとジャックんですか?」
と尋ねていた。
 あまりに特徴的で他人の空似とは思えず、聞いて何になるかは考え無しにぶつける。


 そうしたら、ジャックんが赤らんだ顔を上げ、無邪気にも「うん!」と答えた。
 よく通る声が店内に響き渡り、恥ずかしさ故かガバッとテーブルに突っ伏す。
「んーと。誰ちゃんかな、俺たちが分かるってことはSNSで繋がってるでしょ……えっ、待って……なんつーの、気持ち悪い」
 数秒も持たないうち、テーブルにゲェっと吐かれる。史上最低の出会いだった。



「失礼しました」
 幾度も謝られ、細身の葉鳥さんは非常に慣れた様子で大柄なジャックんを背負って、そそくさと店を出る。私はもう忘れよう、と思った。
 しかし、上下真っ黒なオーバーサイズの服装は勿論、被ったニット帽の網目すら鮮明に覚えている。


 強いインパクトで心のど真ん中に居座られ、後日『うたさんへ。ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした』といったダイレクトメッセージが届く(あれでもフォローまでは外さなかった)。


『よくぞ私を探し出しましたね。飲み過ぎですよ』『ごめんなさい。フォローのお礼というか挨拶がまだで尚且つ、和風のレストラン勤務っぽい人、今はうたさんしかいなくて。言わずもがな汚いし、絶対嫌われた、返事もらえたの驚いてます』
 先日の強烈な印象とは打って変わって、ラリーが続けども敬語を崩さない。
 どちらが本当の彼なのだろう?


『俺の気が済まないので、奢らせてください。ふたりきりではなく。葉鳥を誘います』
 予定を聞かれて素直に夕飯の約束をしてしまい、ベッドの上でじたばた暴れる。
 きっと、互いの違いを受け入れられず、恋にはならない筈だ(嘔吐云々は別の話)。
異性の友人としてならば、ジャックんを面白がる余裕が生まれ、仲良くできる。


 シーツのプールを25m泳いだ辺りで、同居中の姉に壁をドン、と叩かれた。
 一昨年に離婚して遅めの上京、私と暮らす彼女は、子供の頃からアイドルが好きで、特にコンサートのチケットを巡って家族が巻き込まれ、当落の度に大騒ぎ、姉の機嫌に振り回される。
 それを数歩下がった位置より冷めた目で眺める間に、何かにハマって我を失うのが怖くなった。


 従って、あたかも後ろに底なし沼が広がるようなジャックんは危険、誤って落ちなければ大丈夫。
「元カレひとりのくせに」
 ぼそりと呟き、両手で頬の肉を引っ張る。


「宇多さん、ありがとうございます」
 次第に学生たちが戻り、シフトの穴を埋め終わるとスタッフからの信頼を得た。
 自分は繁忙期前に異動してきた新米店長で、趣味もなければ恋人もいない、終いには姉に「生きてて楽しいの?」と問われ、言葉に詰まる。


 少なくともジャックんと毎日『おはようございます』だとか『お疲れ様です』だとかダイレクトメッセージのやり取りをし、『葉鳥クッソ酒強い』等の愉快な投稿にハートマークをつける時間は、心が躍った。


 彼の飲み振りによって、メッセージの返信が遅れる或いはSNSの更新がないと道端で倒れている恐れがーー不安になる。
 こんな危なっかしくて放っておけない人との再会が待ち遠しい私はどうかしていた。


 
 ようやくやってきた約束の夜は、化粧直しを念入りに、ミニヘアアイロンで天然パーマの髪を真っ直ぐにし、わざと小洒落たダイニングバーの付近で看板に隠れて彼らの姿を確認する。
 私は冗談を真に受けやすい。もしも待ち合わせ場所に来なかったら、を踏まえての不審な行動であった。


「あ、こんばんは」
 駆け寄っていくと、マダム向けのブティックにディスプレイされていそうな柄の分厚いセーターを着たジャックんがぺこりと頭を下げる。
 横で爽やかな笑みを浮かべる葉鳥さんが保護者の如くアウターを預かっており、益々、ふたりの関係性が謎に包まれた。


「さて、行きましょうか」


 狭い階段を上れば後戻りはできない、新たな扉を開ける。