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押しボタン式の毎日を飲み干す。{2/3} 蒸留酒コンク


 店員に案内されたのは中央に木の温もりを感じるテーブルがあり、向かい合わせで柔らかなソファが置かれた個室だった。
 カフェのようなペンダントライトや、壁にはドライフラワーと額縁が掛かり、私に合わせて選んでくれたのがよく分かる。


 猛烈な譲り合いの末、奥に私、手前にジャックんと葉鳥さんが座った。
 初回注文時に〈取り敢えずの〉ビールではなく「焦らなくていいですよ」、と自分で決めさせる。
 ビールの苦味が得意でない私にとっては、その細やかな気遣いが嬉しかった。
 飲み物を選ぶと同時に、サイダーの如く湧き上がる感情の正体はまだ知らない。
 

 何を話すか迷って、しばらくの間、ふたりの会話に耳を傾けていた(というか、葉鳥さんは基本的に静かで、落ち着きがなくうるさいジャックんに声を掛けられるまでニコニコしているだけ)。


「知り合ったきっかけ、は。俺がバイトの帰りに寄る、整体の先生で。なのに、ほら、葉鳥って美術館に飾られてそうな雰囲気じゃないですか。すっかり気に入っちゃいました」
「常連のような口振りだけど、たった1回だよね。あれから来ない」


 彼らしいエピソードにくすりとし、すぐに緊張の糸が切れる。
 喉を潤すシンデレラ(ノンアルコールカクテル)のトロピカルな風味がそこに花を添えた。
 ジャックんは相も変わらずハイペースで飲酒するが、葉鳥さんを挟むおかげで和やかなムードに包まれ、ゆったりと食事を楽しめる。



 一頻り盛り上がった後、お手洗いに向かう。鏡を見て若干、皮脂によって崩れた鼻周りの化粧をティッシュで抑えてフェイスパウダーを叩き、再び席に戻ろうとした。
 ところが、個室は先程とは異なり、ひそひそ声のみ聞こえる。
「うたさん、彼氏持ちかなあ」
 急激に心臓を揺さぶられた感覚に陥り、そこら辺の壁に張り付いて固唾を呑む。


 ジャックんが神妙な面持ちで葉鳥さんに訊く光景が目に浮かぶ。毎日のようにダイレクトメッセージを送っておいて、何を今更。
「恋人がいても平気で遊び回る、そんな子に見えたの?」
「だってさ。やっぱかわいいじゃん。清楚系で……ああいうの俺、弱い。あと、笑いの沸点も一緒なんだわ」
 喋る度にどくん、どくんと鼓動が速まった。
「それなら、奪えば?」


 へたり込みそうになって丁度、通り掛かった店員が近寄ってくる。
「お客様、いかがなさいましたか」
「うっ。いえ、別に!」
 外での茶番劇を経て、まさしく穴があったら入りたい心境でふたりに迎えられると、葉鳥さんが珍しく顔をくしゃくしゃにして笑い、
「僕からすれば、どちらも可愛らしいよ」
と言った。


 ジャックんは耳まで赤く染め、酒を煽る。私もつられてしまい、2杯目のストロベリーフィズがより甘酸っぱくなった。
 彼の手首にチャックのタトゥーを見つけて、目が釘付け、どうか胸の内を覗かないでと願う。


 デザートもそこそこに、ひたすら焼酎を飲んだジャックんはトイレに逃げる。
 バニラアイスを頬張るや否や、優雅にワインを口に含む葉鳥さんと視線がぶつかり、会釈した。

「彼と連絡をこまめに取ってるみたいだね」
「ええ、まあ。でも、私が特別な訳ではありませんよね。相当、コミュニケーション能力が高いと思いますし」


 私の言葉を受けて、俄かに目を開き「信じられないな」などと述べる。
 どういう意味だろうか。


「君が初めてだよ。寧ろメッセージのひとつも寄越さないで、頻繁に女性を怒らせてはフラれるんだ。友人の僕でさえ、生存確認のために毎晩こうして会ってる。誰とでも気軽に話すとはいえ、恋仲にはーー」
 いきなり黙り込んで躊躇いがちに、汗でじっとり濡れた私の手に触れる数秒前、フラフラと帰ってきたジャックんが急いで割って入った。

口説くな、俺の!


 叫ばれてどうしよう、ニヤニヤが止まらない。大蛇のようでいて実はそうではなかった(永遠に愛でていたい)。
 悪戯心をくすぐられ、
「俺の、何?」
と問えば脱力して私からやや離れる。
「ただのフォロワーです。すみませんでした」
「友達でしょ」
 この一言でまた近付き、朗らかな表情に変わって八重歯を見せた。


 全体的に良い仕事をした葉鳥さんは別れ際に
「最近は君の話ばかりするよ。彼をよろしく」
と告げる。
 ミネラルウォーターを泥酔状態のジャックんに与えて「ふう、やれやれ。今日も泊まらせる羽目に」「うちは無料ホテルじゃない」本音を漏らし、まるで飼い主の如く連れて行った。


 嗚呼、底なし沼に落ちてたまるものか。
 駅の改札を通って、ホームの屋根、隙間から夜空に輝く半月を眺め、ふうと白い息を吐く。


 SNSに投稿されたスリーショットと誤字の『うたちゃん』が効き、足掻けどもやがて私は彼を好きになる。
 が、気持ちを認めなければ問題ない。微酔が運んだ勘違いは翌朝、二日酔いに姿を変えた。


 しかも、仕事の休憩時間にスマートフォンを弄ると、いつものダイレクトメッセージはなく、爪をピンクに塗った写真とハートの絵文字がSNSのタイムラインに現れ、激しく動揺する。

「マニキュアなんか、どこの誰があげたの」