押しボタン式の毎日を飲み干す。{3/3} 混成酒オービタル
友人が幾ら薦めてきても、女の影が見えた時点で彼は〈ナシ〉だ。このご時世、男性が爪を彩っても何らおかしくはないが、特に好きな色でもなさそうなピンクとなれば話は別である。
誰かの趣味。私以外にも懇意にしている人がいて、わざわざSNSに載せるくらい好きなのだろう。
盗られたようで悔しい?
否、ジャックんとの関係は「友達」、口を挟む権利などなかった。
時に異性とは面倒臭い。こちらに気があるそぶりをしておきながら、と思っている。
スマートフォンを放り投げかけて、ここは自宅でないと気付く(奇妙に振りかぶった自分、お願いだから休憩室の扉を開けないで)。
彼の投稿には必ずハートマークを押し、たまにコメントもするけれど、今回はやめておいた。
退勤後に『お疲れ様です。昨日はありがとうございました』のダイレクトメッセージが届くも、定型文に見えてしまい、シャワーを浴びる時間帯まで意地を張る。
だが、拗ねた子供のような自らの行動が痛々しく感じ、『遅くなってごめんね』と返信した。そこでジャックんに『お仕事の休みはいつですか』と聞かれ、手で顔を覆う。
またもや葉鳥さんを交えての食事(正しくは飲み会)に誘われる?
言うまでもなく、昨夜は飛び切り充実したひと時を過ごせた。あれが日常茶飯事に変わるだけ、素晴らしいことで、こんな風にああだこうだ悩むと、
「やだ、大好きっぽい」
口に出せば頬が熱を持ち、2月の晩に脱衣所のモダンなガラスシェードのライトに照らされつつ、ひょっこり覗いた恋心を必死に引っ込める。
トップコートを買った。というのも、たまたまマスカラのストックが切れたせいで『バイト先の棚卸しでボロボロに剥がれちゃった』、ネイルを心配してはいない(断じて)。
「ついでに」、「安かったから」、言い訳の練習を重ねて、送ったメッセージにより、それを台無しにする。
『会いたい』
ありがちなラブソングのサビか。
もがき苦しみ、なかったことにしようと試みる寸前に舞い降りた『休日を合わせて、ふたりで遊びませんか。シラフのまま』がギリギリの私を救う。
デート。否応なしに単語が頭を掠めた。精一杯の勇気を振り絞り、さりげなく『いいよ』と答える。
そうは言っても計画を立てると頬が緩みっ放しで感情を抑えきれず、
「宇多さん、ご機嫌ね。何かあったの」
とパートのスタッフに呼び止められ、恥を掻く。危うく「今度の店長はどうも変だ」とか噂されるところだった(手遅れ)。
肝心のジャックんは『うたさんと会えるなんて幸せ、俺どこへでも行けます!』大いに浮かれており、隠しもしない。実に愛らしく、他所の女だとしても同じ反応を示すのだろうか、少し気に掛かった。
自分が基準の普通、退屈な生活が彼の登場でこんなにも目まぐるしい、仮に恋でなくとも素敵な変化を見せる。
こそばゆいような、言葉では表せない距離感とスピードで。
私が胸をときめかせる間に、同居人の姉は推しとアナウンサーのスクープ及び炎上によって荒れた。
まさか異性と出掛けるとは口が裂けても言えぬ、どす黒い空気の中、せっせと支度して平日休みの仕事でまだ良かったと考える。
待ち合わせ時刻の15分前に着けば、祖父母宅の玄関マットみたいな柄のジャケットを羽織り、そわそわと髪を撫で付けるジャックんを見つけた。私と同じく早めに来てくれた上に、これでもかというほど〈楽しみ〉が滲み出ている。
「こんにちは」
モデルのような佇まい、身長がずば抜けて高いので人混みに紛れない彼と出会い頭、トップコートの入った小さな紙袋を押し付けた。
「大した物じゃないけど、プレゼント的な」
「えーっ。サプライズ? 最高、嬉しい。ありがとうございます。じゃあ俺も」
何の迷いもなく右手の指輪を外し、私の小指にはめる。重厚なシルバーリングで、驚きのあまり震えた。
アクセサリーを贈られたのは〈元カレ〉以来、まず値段が釣り合っていないのでは。

「バレンタインに葉鳥がチョコと一緒にくれて、俺があの人の部屋に忘れてったマニキュア、こないだ初めて塗ってみたんですよ」
大喜びで話し始めるジャックんと並んで歩き、拍子抜けした瞬間、パンプスのヒールが古錆びた排水溝に引っ掛かって、よろめくと後ろから優しく支えられる。
「葉鳥はロマンチストだから、うっかり周りに配って誤解を生む。まったく、無駄にモテて腹が立ちます。でも、大事な場面でこうやって真似できるんで、悪くありませんね」
ふわっと香るシトラスムスクを嗅いで、ちっぽけな嫉妬心を寝かし付けた。紛らわしい贈り物がジャックんに対する想いを自覚させ、全て葉鳥さんの思いのままに操られる(そろそろ観念しよう)。
恋の行方はさておき、事前に『新しい服を探したい』と伝えていた。
ここで行きつけの古着屋を教えてもらう。しかし、私は新品しか持っておらず、つまりは初心者、膨大な量の古着を前にマネキンとなる。
「うたさんは水色が似合いますよね。白い肌に映える」
チェックのアウターからレースアップブーツに至るまでコーディネートされ、ありったけの「かわいい」を浴びた。丸ごと購入、彼が選んだものに着替える。

試着室の向こうでは、ジャックんと仲が良い店員の「彼女さん?」「ひゃー、声デカい。違うって!」といった大変微笑ましい雑談が。ばっちり聞こえた。
そして、日の暮れる頃にランドマークの景色を一望できる天ぷらが有名な店で夕食をとり、最後にイルミネーションスポットに寄って、マジックのような演出で花束を渡される。
「バレバレですよね、俺の考えてること」
黙って頷く他なかった。
だだ漏れの好意は私のハートを鷲掴みにし、愛の告白を待って1日過ごす。
「本当は何というか、大切にゆっくりじっくり関係を育んでいきたいんですよ。今まで生きてきてそう思える人はいなかった。SNSのおすすめアカウントって侮れなくて、面白いと感じるものが被ってた、笑いのツボが同じ。見た目も引っ括めて好みのど真ん中、やっと巡り会えました。だけど俺は、仮面外したら独占欲まみれだし、葉鳥と話しててもモヤる。一生誰も俺らの間に入って欲しくないぐらい、本気であなたが好きです。付き合ってください」
よくもまあ噛まずに早口で交際を申し込んでくる。ジャックんの想いは、小指につけられたシルバーリングと同様に重たい、にも拘らず、不思議な心地好さを覚えた。
「知らない世界に連れて行かれる感じ。例えるなら遊園地かな。今ジェットコースター乗り場で、尻込みしてるとこ」
下から視線を移していき、タトゥーやピアスをひとつずつ目に焼き付ける(私は痛がりでイヤリングさえしない)。
「とっくに惚れてて困っちゃう。本格的なお付き合いは、せめてジャックんが正社員になったら、ね?」
ずぶすぶと沈んでいくのが怖くて保留にした。乗らなければジェットコースターはただの風景、いざという時、手前で引き返せるように。
すると、何やら屈んで小声になり、
「ギューもチューもだめ?」
と粘る。
首を横に振りそうで、踏み留まった。ぴったり寄り添われ、ぐいぐい迫られると流石にグラつく。
「もう、仕方ないなあ。手なら繋いでもいいよ」
きちんと待つことができない。やはり、彼は危険な男。
柔らかく包まれて、繋いだ右手と左手。甘ったるい眼差し、花の匂い、近付く春、人工的なあかりがふと消える場所で、
「なんだろ、離れ難いや」
「カラオケ行きませんか」
私たちの不安定な安定が、進み出す。
{ おしまい }
★おまけ
このふたりはお互いに相手のことを「抜けてて危なっかしいから目が離せない(そこも好き)」と思っています。
