いつかは今もおとぎ話になって
王都から最も離れた人口約30名の、この村においてヘーゼルが想いを寄せる相手が誰か、知らぬ者はいない。何故かというと、彼女は妖精の身でありながら人間のロメに自らの気持ちを皆の前で堂々と伝え、村中が大騒ぎになった。
舞台は〈妖精〉と〈人間〉が同居する、それはもう小さな国の一部で、昨年末に人間の王様が絶世の美女と名高い妖精のポーラとの婚約を結ぶと共に、その日まではどれほど愛し合えども交際止まりだった、異種間の結婚を正式に認める。

しかし、妖精は妖精と、人間は人間と、の考え方が根強く、王様を皮肉り、冷ややかな視線を向ける者は多かった。とはいえ、ヘーゼルはポーラと王様の仲睦まじい姿に自分とロメを重ね合わせた訳ではない。
夢見がちな彼女は人間に憧れており、あろうことか妖精として一切振る舞わず、殊に若い人間の仲間に入りたがる。
「げっ。ヘーゼルが来たよ」
「俺、あいつ苦手なんだよな」
「とんだ変わり者に好かれて、ロメも可哀想に」
不良ぶったヤグモ、ギブ、パヴァヌによるグループから「好きなやつを教えろ、もしも集会の場で告白したら友達になってやる」などと唆されて本気にしたヘーゼルも充分、哀れな存在であった。
3人は暇さえあれば連み、村の大人を揶揄って遊んでいたが、祖母で唯一の理解者・ミシュを亡くしたばかりで天涯孤独のヘーゼルにとっては羨ましく、健全に見えてしまったのだ。
挙げ句の果てに妖精らはヘーゼルと分かりやすく距離を取り、一方的に恋愛感情をぶつけられたロメは疎ましく思い
「そちらに身寄りがなく、隣に住むからこそ優しくしたつもりだ。僕には心に決めた相手が既にいる。どうか勘違いしないでくれたまえ」
と、きっぱり断る。
失恋さえも公開され、一度ドアを開けて庭の手入れに励むロメと鉢合わせれば、冷やかしの声があちこちから上がり、ヘーゼルは精神的に追い込まれていた。
正直なところ、何かにつけて周りがくちばしを容れることが不愉快だが、少なからず親切心のようなものも感じる。
「仮にそうなら私、嫌だとは言えない」と考える彼女はまだ世界の温もりを信じていたかった。

されど、
「心に決めた? 大袈裟だよ。よくよく聞いてみれば、たかが好きな人でしょ。頑張ればどうとでも」
「早くアプローチをかけなくちゃ」
「あんな言葉に負けて弱音を吐くな」
ヤグモたちの度を越えた、冗談半分の要らぬお節介に耐え切れず、ついにヘーゼルは
「ロメのことなんか全然、もう好きじゃないの。思ったより堅苦しくて退屈な人なんだもん、飽きちゃった」
へらへらと笑って、適当な嘘で煙に巻く。
どうせ恋人同士になれやしない、投げやりな行動に出ると、泣きっ面に蜂、ヘーゼルの周囲に誰も居なくなる(正確には元々ひとりで、せっかく近寄ってきた者が見事に離れて行った)。
全員が全員、彼女に対する興味があっという間に失せたようで、ヘーゼルは改めて胸に手を当てた。
「こっちが間違ってたのかな。私自身の価値って何?」
間もなく眩暈を起こし、目の前が真っ暗な中で、7色の涙が頬を伝う。
雫が落ちるとそこに虹が架かり、ヘーゼルは目を瞬かせる。
「おばあちゃん」
ーー即ち、ヘーゼルの祖母は整えられた白髪とけばけばしい水玉模様のエプロンがトレードマークで、常にマーマレードの匂いをさせ、いつでも村の中心におり、微笑みを絶やさない妖精だった。
自分の祖母から受け継いだ巨大なきのこをせっせと育てて、最期は孫娘に託した(おばあちゃんのおばあちゃん、形見の形見)。

祖母の笑顔を思い出せば一層、込み上げるものがある。ヘーゼルは席を立ち、ふわふわと裏庭に飛んで、まろやかなピンクのきのこをすーっと撫でた。
「おはよう。泣き虫さん」
「全部、聞いてたんなら助けてよね。私ってば、また失敗したみたいなの」
きのこに挨拶されたヘーゼルは、隣人のロメに気付かれぬよう小声で返す。
一方、ロメはそんなヘーゼルの様子を気に掛けて腕を組み「強く言い過ぎたかも知れない」だの、「僕のせいでひとりぼっちに戻った」だの、家中をぐるぐる回っている。
どの道きのこにはお見通しで、
「正解不正解はさておき。アナタの価値は、他の誰かに委ねるんじゃなく、自分で決めましょ。ま、アタシに言わせればね。恋愛云々より、まずはありのままを愛したらいかが」
と溜め込んだ太陽光を放った。非常に眩しく、神々しい艶めきがヘーゼルを奮い立たせる。
「憧れは捨てられないし、多分、人間に恋し続ける。ロメとは縁がなかっただけ。羽も耳も嫌い、鏡に映る妖精の私は、いつも理想と違って辛い……けど。ずっとずっと、好きになりたかった」
ありがとうと呟いて、瞼を閉じた。
すぅ、はぁ。
ヘーゼルは新鮮な昼下がりの空気を吸い込んで、自らが長いあいだ認められず、苦しみに繋がっていた相反する感情をぎゅっと抱き締める。
そうして、不安ゆえに暫し身を震わせ、振り返ってきのこに
「ありのままはまだ難しい、なら、ここから愛せそうな私に変わる。見ててよ」
こう宣言した。
ようやく窮屈かつ頑丈な空間から抜け出し、妖精として生きて行く覚悟ができる。
濁ったヘーゼルの瞳が再びターコイズに光った。
裏庭から家の脇を通り、直ちに妖精たちの集う広場に向かうと、ヘーゼルは胸の内を明かして素直に今までのことを詫びる。
と、妖精である村の長がやってきて、静かに語り始めた。
「生前のミシュに『うちの子をよろしく』と頼まれてな、わしは密かに見守っておった。若者よ、迷惑なぞ幾らでもかけなされ。気にせんでいい」
それまでは大人を馬鹿にして、耳を貸さなかったような話が、ヘーゼルの視点を変えるきっかけとなり、実は大多数が遠ざかったのではなく、どう接したら良いか迷っていたと知る。
対話を避けてきた、が、真摯に向き合ってみると相手も応えてくれた。
村では春の訪れを祝う祭りが開催されようとしており、準備の際に村の長は敢えてヘーゼルを連れ歩く。
「あそこ、手伝ってきます」
「ほう、中央の飾りつけか。高所には気を付けるんじゃぞ」
「はい!」
以前、常に纏わりついた淋しさが段々と薄れる。ヘーゼルの周りに自然と輪ができた。

となれば、ヤグモ、パヴァヌ、ギブの3人は面白くない。木に登って上からわざと物を落としたり、散々ヘーゼルに嫌味を言う。
「村長もお前も調子に乗るなよ」
「妖精のくせに」
「ちっぽけな祭りなんか無くなっちまえ」
実は差別的な彼らこそが嫌われ者だったのだ。
けれども、ちょうど旅の商人が村に立ち寄り、もてなされる傍ら、ヤグモに儲け話を持ち掛ける。
「君はいい目をしてるね。しかも上玉だ、友達と一緒に王都へ来ないか」
「だからって踊り子は御免だよ」
「とんでもない、君たちには……」
何やら怪しげな雰囲気で、皆は即座に騙されまいと帰宅したが翌朝、村に3人の姿はなかった。
後にあの商人は賊の一員と分かるのだが、村に残ったヘーゼルらは知る由もない。
祭りが終わる頃、自分らしく生きられるようになってきたヘーゼルは村民にすっかり親しまれ、ロメとも久しぶりに言葉を交わす。

「参ったな。きのこの前で泣いてた女の子と同じとは思えないや」
「やだもう、恥ずかしい」
照れ隠しで俯いて笑うヘーゼルの耳には、ロメの願い「僕たち、友達にならないか」が届いておらず、ただ風に漂う言の葉を受け取った、きのこが左右に揺れる。
「あーら。楽しそうだこと」
★童話のようなものを作ってみたいとの思いから。
