キリング・ミー・ソフトリー【小説】06_さよなら歌声
整理番号の遅いリリさんをフロア内で捕まえる。
ビール片手に一生懸命話しかけてきたが、場内の騒めきやらで掻き消され、聞き返すと耳元で囁く。
「最前とステージ近すぎない?」
大変、心臓に悪い人との距離感。
「うーん。俺はここらへんのライブハウスしか知らないけど、どこも狭くて小さいし、こんなもんだよ。」
ドギマギしながら出来る限り彼女に顔を近付けると香水・柔軟剤・シャンプー、いずれにせよ素晴らしい〈女の子の香り〉を嗅ぎ倒れそうになった。
「えー、いいなあ。」
暗がりで助かった、呑気にビールを飲み干す彼女とは裏腹に自分はもうまともでいられない。
体温が一気に上がる。
物販で購入したお揃いのTシャツを身に纏い焦がれる開演。実質的には短くとも永遠に思える、この時間が好きだった。
どの曲を演奏し何を話すだろうか。
高まる期待と情熱、特に凱旋ともなれば尚更だ。
暗転、割れんばかりの歓声。
一気に前へ前へ強く押される。スポットライトを浴びたメンバーが登場するや否や
「お帰りー!」
と迎える暖かいファンに包まれた。
「ただいま!よく来たな、お前ら!」
ギターボーカルがマイク越しに語りかけ、そこから4カウントでイントロに入り、最後のライブが始まった。
一瞬たりとも彼らから目を逸らせず、隣にいたリリさんの行方さえ気に留めない。
静かなバラードで終盤に差し掛かるのをひしひしと感じ取った際、改めて斜め前に彼女を見つける。
まさしく現実を表す別れの歌詞、リリさんの大きな瞳から涙が溢れ、頬を伝って床へと落ちた。彼女は一切涙を拭うことなく、ただ燦々と輝くステージに向かい拳を握ったまま、噛み締めるように直立不動している。
客席を照らす橙色の灯りにはらはらと流れる雫、リリさんの姿勢が綺麗過ぎて、さながら映画のワンシーン。
世界で最も美しいものに出会ってしまった。
つい夢中で彼女を眺め、芽生えた想いを味わう。
あっという間にダブルアンコールまで過ぎ去り、メンバーが捌けていく直前
「ありがとー!」
と叫んだ自分が引き金になり、他のファンも思い思いのメッセージを好き勝手に贈った結果、バンド側は急遽トリプルアンコールを繰り広げる。
こちらに明かされるのは彼らが作り上げた虚像、幻だとしよう。例えばプライベートにおいてどんな真似をしたってどうとでも繕える。
けれど、解散に至る流れで葛藤やぶつかり合いがあっても公には出さず、これといった悲壮感もなくやり遂げ、楽曲を通し希望を与え続けてくれたその活動を讃えたい。
思い出はファンの数だけ存在し、メンバー全員がそれぞれの道を歩んでも、ストーリーとメロディは確かに残る。
