孤独死ルートと図書館での出会い
私は人を愛せなかった。
悲しい哉、家族や友人以上に大切に想える存在がどこにもおらず、直近の恋愛もどきで案の定、身も心も削られて一から人生をやり直している最中である。
壮大な物語の始まりに感じるかも知れないが、前置きはここまでにしよう。
そんな人間が30歳を超えると徐々に覚える不安、それは「孤独死」(つまりこのまま人を愛せずに生涯を終えるルート)。
近頃、夜になると遠くの月を眺めながらしみじみ考えてしまうのだ。
「焦るとロクなことがない」とうちの長老トカゲが言っていた。
まさにその通り、しかも〈将来安泰〉を求めて好きでもない相手と結婚するほど若くも浅はかでもなく、まず気力がな……い……(まだ30そこそこ、元気を出せ)!
さて。全てを低気圧のせいにしたい休日、腐りかけの林檎こと自虐の激しい私は思い切って家を出た。
足は自然と図書館に向かっており、読書で暇を潰し空想によって寂しい・虚しい現実から全力で逃げるつもりだった。
雑誌がずらりと並び、木肌の優しさに溢れた机と背もたれつきの椅子、可愛らしいスツール、観葉植物等が置かれた読書スペースに若者の姿はない。
何なら私が最年少なほど平均年齢が高く、皆静かに生活誌やら新聞やらを読んでいる。
見渡す限り人生の先輩、先輩、先輩。
完全に来る場所を間違えた。
私の手元には犯罪心理学について書かれた本(ひとりだけ闇が深い)。
細かく装飾が施されたホールクロックと目が合い、時刻を確認する。午後3時半。
適当な席につき、自らの知的好奇心を満たす中で、向かい側に誰かが座ってきたのには気付いていた。
しかし、ページを捲る手が止まらず、1時間過ぎた辺りで読破し、初めて顔を上げる。
──自分と似たような孤独のオーラを纏った、チェックシャツにベストの定番コーディネートで70歳くらいの男性が活字を追うところにどこか行く末を見て、不思議と安堵した。
私の頭を過ぎるはよく聞く「本を読まないということは、」といった言葉、要は向かい側の男性も仲間──
「お待たせ」
お待たせ?
本をパタンと閉じ、次はどれ、気分転換に漫画でも読もうと視線を本棚に移した瞬間。
白湯のようにホッとあたたかく澄み切った女性の声がして、背中に一筋の汗が流れる(春なのに。いや、春だからこそ)。
「あなた、ごめんなさいね。下のスーパー、大して安くもないくせに混んでたのよ。やんなっちゃう」
恐る恐る視線を戻せば、商店街で売っていそうな奇抜な柄物のマイバックをカートに乗せたいかにも優しげな白髪頭の女性が、明らかに先程の男性に話し掛けていた。
スーパーマーケットのカートごと図書館に入って良いのか否かはともかく、口を真一文字に結んだ向かい側の男性がしばらく経って溜め息を吐き、
「随分待たされたもんだ。これだからいつもの店で構わないと俺は確かに言った」
と、文句を垂れながらも席を立ち、あっという間に推理小説を片付け、さりげなく紳士的に妻からカートを奪い、私の前を去る。
負けた。
完膚なきまでに叩きのめされた(最後の最後に夕飯の内容を聞いてしまったがコロッケと知る、ぜひ私も食べたい)。
勝手に仲間意識を持ったことが猛烈に恥ずかしく、項垂れるばかり。
居た堪れないため図書館を飛び出すも、傘のない急な土砂降りに見舞われる。
私の心も土砂降り。
おまけに手が浮腫んで外れなかった人差し指のリング(税込330円)をニッパーで切断する羽目になり、某アプリで毎日引けるおみくじは大吉だったけれども、こんなものを当てにしてはならないと身を以て学ぶ。
私の名前はつくし。
花言葉を調べると〈向上心〉。
恋愛こそ理解できずとも、熱心な仕事ぶりが認められ、数日後にありがたい昇進の話をいただくことは、まだ内緒。

