パズルゲームがやめられなくて〔Stage 2〕
言葉を交わすうちに分かったこと、ひとつ目は渚もあのパズルゲームで遊んでいた。こちらが見飽きた広告につられたのだと語り、やっと仲間を見つける。
言うまでもなくアプリの中でフレンドになって、彼女は大はしゃぎした。
あちらが僕を知った〈あまり良くないきっかけ〉が肝心のふたつ目である。
渚の母親はユニちゃんの現役アンチだった。
ブログから始まって、動画に(もう高校生の)息子の顔を出すなど恥知らず、あんなギャル崩れの非常識な親のもとに生まれて可哀想。
これらについては、特に考えなくとも年がら年中コメント欄の隅に書かれているような内容なので今更何も感じない。
ごもっともな意見で、自分とてまともな母親が良かったが、渚曰く
「色んな人の悪口ばっか、夕飯時に聞かされる子供の方が、ね? 実際、お母さんがいない日にパソコンでユニちゃんの動画観てみたら明るい発信しかしてなかった。紅葉くんがメインのチャンネルじゃないし、てっきり毎回引っ張り出されてるのかと思ってたよ」
どうやら僕の生活はまあまあらしく、編集画面と睨めっこする素っぴん眼鏡姿のユニちゃんに対して
「いつもありがとう」
と、ことさらに平静を装って伝える。
渚も僕と同じく高校から入学の〈外部生〉、受験に合格して念願のスマートフォンを手に入れ、動画のチャンネル登録を済ませたところに本人が現れて、その上クラスメイト、一目で恋に落ちた。
宿泊研修で仲良くなるつもりが相も変わらず取り巻きに囲まれていて、喋るには強行突破で呼び出して告白するしかなかった、とか。
「すごい、フラれたのに紅葉くんとの距離は縮まってる。こんなの諦められない!」
「好きにすれば」
取り巻きの厳しい目をちっとも気にせず、やがて彼女らも呆れる。咎めるだけ時間の無駄、自分も少しずつ渚の付き纏いに慣れてきた。
また、渚を突き放さなかったことにより、僕へのアプローチが急激に増える。
同学年はまだ良い。先輩から昼休みや休日に「遊ぼう」と誘われてしまうと断りにくく、言い訳作りに困った。
「モミジもだいぶ、新しい学校に馴染んだっぽいの。良かったあ。みんなは? コメント欄に書いといてね。じゃ、次は二重を偽造しまーす」
おっと。帰宅時、リビングのドア越しにユニちゃんのGRWM(※『私と一緒に準備しましょう』)が聞こえてきて、音を立てないよう洗面所に移る。
手洗いうがいを済ませ、思い返せば今朝、寝ぼけ眼で食パンを齧っていた頃、親友との食事会がどうのこうのーー要するに夜は僕ひとりなのだ。
それなら、自室に籠ってアプリを開く。
フレンド一覧から〈NAGISA〉を探すとレベルアップしており、一か八かで協力プレイを申し込んでみる。
と、数秒で応えてくれて、ユニちゃんが撮影を終えて慌ただしく出掛けた後もふたりで力を合わせて幾つものミッションをこなした。
彼女に対して特別な感情はなく、ただ少々、変わった異性の友人だと捉えた途端、夢の中でふたりきりになり、僕が当たり前の如く渚に触れて「好きだよ」と、甘いムードに包まれる。
ありふれ散らかした幸せのようなものが自分にはなかった。母親の成功が喜ばしくとも、欲しかったのはハイブランドの服ではない。
だが、普通とは何だろうか。
今度、渚に教えてもらおう。不思議と夢の続きが見たくて、寝返りを打つ。
中身はともかく、エアリーな猫っ毛のショートボブ、そばかす、つぶらな瞳にぷっくりとした天然の涙袋、まん丸い鼻、上がった口角と下唇の厚み、夏服のホワイトとライトブルーがよく似合って、程よい体型で、僕が好き(なんだよな)。

取り巻きにはもっとかわいい女の子もいる。こちらさえ声を掛ければ、いつでも付き合える、が、そんな気は起こらない。
どうせ皆、動画のおかげで集まった。
あとは間違いなく中途半端に有名な僕が相手に迷惑をかける、から。
昼食はいつも、人に囲まれてとる。最近はクラスで目立つ同性たちも仲間に加わり、ひとつの大きなグループができた。引き続き渚は浮いた存在で、頓珍漢な受け答えをし、ろくなコミュニケーションも取れず。
けれど「渚ちゃんって面白いね」などと僕以外の変にポジティブな野球部の男に言われてぽっと頬を赤らめる。
本来はああいったヤツがお似合い、文化祭の辺りで交際をスタートさせてもおかしくなかろう。
しかし、自分は何も面白くない。
心情的な問題で一時グループを離れ、屋上階段前に座り込んで弁当箱を開いた。
ユニちゃんはたとえ編集に追われようとも毎日、手作り弁当なので心が和む。ありがたく箸を付けると
「紅葉くん!」
渚のお出まし。息を切らしてまで徹底的に校内を探される、僕は飼い主か。

「1日2日、昼の間ぐらい。居なくても平気でしょ」
「どうかな。さっきね、私が紅葉くんのことタンポポみたいな人って言ったらさ、サクラだヒマワリだってみんなとちょっと揉めたんだよ」
「不毛な争いすぎる」
彼女のクラスでのポジションは確かに変わり、底辺からトップに上り詰め、僕もまた、いじめられず友人ができた。
どこか似たものを感じたとしても、渚を縛り付ける資格はなく、いつか互いに恋人が
「やだ」
ブロッコリーとベーコンのソテーを口に入れ、黙ったままモグモグ考えを巡らせると、渚に気持ちを読まれたようで、急に睨まれる。
「バイバイしないよ。えーっと、4月のいつだっけ。体育館の裏に咲いてたタンポポをいっぱい千切ってこっそりショートムービー撮ってた子たち、いたじゃん。で、無惨に捨てられたタンポポを紅葉くんが拾って、小っちゃい声で謝ってて。私あれ見て泣いたの。この優しい人がいい、ふわふわ飛んで行っちゃって、何年片想いでも」
心地好く耳をくすぐる言葉、スカートのチェック模様、滑らかな床、何故だか鼻の付け根がツーンとしてきて、顔を逸らした。
ユニちゃんに「お花や草も生きてる。モミジは踏み躙るような男の子にならないで」と育てられたことが、ここに繋がるとは。
「だから私、ホントはみんなにとっての紅葉くんも綺麗で嬉しかったんだ。結局『モミジといえばそうだよな』で話落ち着いたんだけど」
「あいつらも渚も何なの……ありがと」
僕がささっと弁当箱を片付ける中、渚は照れ臭そうに髪を整えた。
そして「きっと動画がなくたってあれで恋する」だの「運命」だの、うっとりと付け足し始める。
「はいはい」
受け流す風でいて、悪い気はしないのだ、こちらも。
故に放課後、必死で自転車を漕いでスクールバスと並走し、僕が降りる停留所にて偶然を装い(無理がある)、待ち構えた彼女の姿を目にしても、怯まなかった。
「あ、のねっ」
改まった雰囲気にも拘らず、頭のてっぺんからソックスに至るまで、びっしょり濡れており、制汗剤の安っぽい香りが漂って、無茶苦茶で、失礼ながら可愛くない筈なのに、汗のひと粒ずつがキラキラ光り、大変、心惹かれる。
「はあ。どうしても今日、確認しなきゃ。紅葉くんと私、なんか、ふう。いい感じ、だよねっ? そろそろ付き合える、かもだし」
前言撤回。成る程、自転車ではなく調子に乗った、と(刹那のときめきを返せ)。
一呼吸置き、興奮状態の渚をまじまじと見た。ごく普通の女の子だった、まったく、突っ走りやすくて手が焼ける。
「ああ、とんだ誤解させたみたい。でも、取り敢えず今年の夏は〈色んな意味で〉覚悟しといて」
花束がワンポイントで刺繍されたハンカチを胸ポケットから取り出して彼女に渡し、くるりと背を向けて、迂闊にもスキップしかけた。
紛れもなく青春で、純粋で、真っ直ぐで、僕の世界が引っ掻き回される。
高校で渚と巡り会えて良かった。うるさい心臓の音すら、幸せと呼んでやる。

「モミジ、お帰りー」
カメラを携えたユニちゃんに廊下で迎えられた。あちこちに物が散らばっているため、今回の動画は掃除がテーマだと思われる。
料理、おしゃれの次に人気の高いジャンルで、僕も時たま作業を手伝う。
だがしかし、本日こそは撮影が終わったタイミングで母親に現在の気持ちを伝えなければ。渚に勇気を与えられ、夕食中に一歩踏み出す。
「ごめんなさい、今後はVlogに出たくないです」
ひたすらユニちゃんの機嫌を伺い、恐れるあまり敬語で言ってしまった。
が、ユニちゃんは間髪入れずに「全然構わないよ。反抗期なさげで不安てか、ずっとウチに付き合わせちゃったね。意思表示してくれて助かった」と応え、微笑みを浮かべる。
逆に僕が慌てる程にマイペースで、
「いやいや、フェードアウトじゃなく! しっかり事情を説明しよ」
「えーっ、めんどい」
問題は尽きず、もしかすると動画の件で一生悩まされるかも知れない。
されどパズルゲームのステージクリア画面が、脳裏を掠めた瞬間、6月。
《了》
★あとがきのようなもの
あなたのやめられないことは何ですか?
作者の僕は既に自宅がセマイTシャツ屋さん(ばり便利)のようになっているのですが、懲りずにライブで新しいものを買ってしまいます。
