パズルゲームがやめられなくて〔Stage 1〕
今となってはどのアプリの広告だったか思い出せないばかりか、ユーザーの過疎化が進むようなパズルゲームで僕はまだ遊んでいる。
誰にも言えないことのひとつ目がそれで、ふたつ目は母親を悲しませるであろう、動画出演の拒否意向だった。
もっとも、あの人は息子が初めて嫌がったとか今まで殆ど〈これ〉で育てたのに生意気だとか、恐ろしいまでに赤の他人(視聴者)に信頼を寄せ、何でもかんでも話してしまいそうなので、黙って我慢するのが最善でありーーおっと。
ユニちゃん(芸名)と呼ばなければ機嫌が悪くなる。
動画投稿、取り分けVlog(※Video Blog)などという文化が一刻も早く廃れることを願ったまま、気付いたら高校に入学していた。
子供の顔出しについて、ああだこうだ議論される以前、というか産まれた日に素っ裸でブログに載せられ、見事な炎上に目をつけた雑誌の、ギャルママモデルとして始まった〈中途半端な有名人〉の日常は、いつしか写真と文章から動画とテロップに形を変える。

意外にもなかなかの人気で、現時点では広告収入のみで息子を養っており、批判の声も減ってきた。
が、自分はユニちゃんの生きた着せ替え人形に過ぎない。
髪は小学生の時、赤茶に染められて、私服は全てあちらの好みに合わせたブランド物、名前は字面が女の子みたいな紅葉(モミジ)。
このせいで何をしてもどこへ行っても注目されて、人が集まってくる。
ちまちまとログインボーナスだけ貰うような日々ならどれほど良かったか。
あれは小学6年生の春。ゲームソフトを買ってしまい、母の日に回す金がなく、密かにカメラの前で感謝の言葉を述べた。
「僕がユニちゃんの分までいっぱい勉強して、高校を卒業しよう。そばで見ててね。大丈夫、叶えられる夢だよ」
子供ながらに何となく、自分には父親が居なかったり、祖父母の顔を知らないことがどういう意味か分かってきて、更にユニちゃんが育児のために高校を中退したと知り、本人に今の思いを伝えたかったのだ。
だが、ビデオを観て滂沱の涙を流した後、ユニちゃんはティッシュで鼻をかみつつ、
「はー、泣けるわ。ありがとう。ね、ついでにお願い。感動をみんなとシェアしたいから、ちょっと編集して上げてもいい?」
と宣い、僕は絶句する。
ひとりきりで恐らく苦労した未婚の母に捧ぐつもりのメッセージが『サプライズでモミジが撮影してくれてました【号泣注意】』となり、よりによって100万回以上も再生され、寄せられた温かいコメントにハートマークをつけていく、ユニちゃんのフニャけた顔は悍ましかった(アンチが一斉に手のひらを返したとばかりに)。
そこを境に僕の心はユニちゃんから離れる。地元の中学校では動画が原因でマザコンと言われ、いじめられた。
時勢柄マスクをつけて通学していたけれど、自分ひとり好奇の目で見られて、担任に「君は特徴的過ぎる。せめて校則に従って、髪の毛を黒く染め直しなさい」とアドバイスを受けた。
名前通りの綺麗な色を保たせたいユニちゃんと壮絶なバトルになったのは明白で、大学附属の高校に入るべく言い負かす。
多様性が何ちゃらでありがたいことに向こうが入学を歓迎してくれた。無事に受験を乗り越え、ここでは人に恵まれ、取り巻きができ、怖いくらいステージを連続でクリアしたパズルゲームの如し。

そして現在、新入生限定の宿泊研修中にクラスメイトの女の子から古典的な手紙で呼び出された僕は
「紅葉くん、好きです」
だなんて直球の告白を聞いている。
経験上、こういった異性は冷やかしの可能性が高い。まず彼女は取り巻きのグループに加わっていないし、鈍臭くてフランクと失礼を履き違えたようなタイプ、大方こちらとの交際によってクラスでのポジションを変える目的だろう。
当然、丁重にお断りした。はずが、1泊2日の宿泊研修を終えると彼女は妙に親しげな態度を取り、僕の隣にずっと居る。
「『ごめん』って、ちゃんと伝えたよね?」
「そうだっけ。えへへ、実物カッコよくて見惚れてた」
周囲の鋭い視線をよそに渚(ナギサ)は照れ笑った。恋する瞳にはただひとりしか映らない模様(にしても、おめでたいヤツだ)。
身の程を知れと非難されようが、土足で僕の世界に踏み込んでくる勢いで放課後まで付き纏われ、買いたてらしいスマートフォンを持ち、SNS或いはメッセージアプリで繋がりたいと納豆のようにネバる。ただでさえ僕は納豆が臭くて食べられないのに、嫌がらせなのか。
自由気ままなユニちゃんに振り回されたり、有名人だと囁かれたりには慣れても、いじめを受けた3年間で異性との関わりはほぼ絶たれ、つまりは耐性がなかった。
少しでも褒められたらすぐに赤面、プリント等を配る際に手が触れれば心臓が暴れ回る(取り巻きの多くは『ピュアでかわいい』とポジティブに捉えて騒ぐ)。
だからと言って、欲望丸出しで相手にぐいぐい迫られると引いてしまう。
「へえ。紅葉くんはバスと電車通学なんだ? 私、今日、歯医者で良かったあ。途中まで一緒に帰れるね」
既に同級生を10名連れ歩く恥ずかしさと全力で闘っていたにも拘らず、厄介の集大成のような渚が加わった。何故か彼女を邪険に扱えない僕が悪い、地獄絵図の完成。
「個人的な連絡はアウト、SNSもやらない主義。え、ホントに好きなの?」
「友達いなくて全然知らなかった」
またも隣をキープされる直前に素早く僕を後方窓側の席に座らせた子が通路に立ち、呆れ返った様子で渚の話に付き合い、守られたと感じる。
「ほら、あそこ。動画に出てる1年生の囲いでしょ」
「モテすぎじゃん。羨ましい限りだわ」
同性の先輩から熱い眼差しを向けられたため、焦って窓外、中学校のグラウンドを見た。
ソフトテニスコートと歩道の横をバスが走っていく。こんなにも恵まれた悩みを抱える生活が、一体いつまで続くのやら。
翌日の昼。静寂を求めて図書館に赴いたはいいものの、予鈴が鳴り響くなか、だだっ広い校内で迷う。どの教室も同じ雰囲気でげんなり、実験室の辺りをフラフラし、渚と出会す。
「紅葉くん!」
駆け寄って抱き締められるかと思うほどのテンションで、僕に畳み掛けた。
「みんな心配はしてても探しに行かないんだよ。待ちきれなくて来ちゃった。あ、サボり予定だったかな?」
「ううん。単に迷子」
ほっと息を吐き、素直に答える。彼女の前では多少、格好つけなくても良かろう、と。
危ない橋を渡ってでもわざわざ迎えに来てくれてーー案の定ふたり揃って授業に遅刻した。
しかし僕らは以降、どんどん仲が深まる。

