「音楽で人生が変わらないなんて嘘だ」 4.人による
「なんか、フェスとかライブに連れてこられる子供って可哀想だよね」
昨年、娘を抱きかかえてイベントに参加したところ、赤の他人から何度も言われた。
どうしても両親や義父母に預けられなくて、夫の理解も得られず、それこそ音楽がなければ〈やってられない〉ような生活の中、限界に近いワタシが強行突破で旅に出た、母親がノイローゼ気味の方が娘にとって良くないのではなかろうか。
結婚、妊娠、出産。SNSのアカウントなどとうの昔に削除しており、趣味関連でも新しい情報を集めることができるドアを自ら閉め、初めてだらけの手探りな忙しない毎日で、赤子のように思い切り泣きたいのはこちらだった。
元より、ロックバンドは好きだけれど、何もかも全肯定するかと言えばしないワタシは、純粋にライブを楽しもうとの考えに基づき、特定バンドマンのSNSはフォローせず、ましてやインターネットの記事も読まない、音楽を聴いていた。
特に仲の良い同性のフォロワーとはメッセージアプリで交流を図るため、自分が幾年かシーンから距離を置いても問題(もとい、余計なストレス)なく過ごせる。
「ヒビ、奏鳴無重力が復活するの知ってた?」
約半年前の夜、娘を寝かしつけた後。
リビングのソファに寝そべる、およそあの界隈とは縁がないような、だらけた夫の口から中高生の頃にクラスで人気があった懐かしいバンドの名が出て、腰を抜かす。
ワタシたち夫婦を結びつけた共通の友人・クレバヤシがご丁寧に連絡をくれたらしく、夫のアカウントを使わせてもらうとSNSのトレンドに『奏鳴』『コニー』『四月十八日』が現れて、ワタシは忽ちタイムスリップさせられ、心が揺れた。
「こりゃ、倍率エグそうだな。なあ、運試しに申し込んでみたら?」
スマートフォンを覗き込んだ彼は欠伸をしながら大胆な寝言を吐く。誰が娘の面倒を見ると思っているのやら。
あなたひとりだと不安が付き纏い、とても任せられない、を飲み込んで
「気が向いたらね」
出来る限りにこやかに、丸く収める。
最新のアーティスト写真を見れば改めて感じる、夫には長らく言えなかったことがあり(私は墓場にまで持っていく所存だが)、ここでバレてしまわないか気を揉む。
ずばり、彼を好きになった理由が奏鳴のドラマー・ゼンに顔が似ている、から。

幸い、本人は自覚しておらず、同じバンドのファンなクレバヤシとの間で「そっくりだよね」
と盛り上がったくらい。
紹介されて無事、交際に至り、デートの時、PVが流れるタイプのカラオケではヒヤヒヤーー興味深いらしくSNSを眺めてテレビはつけ放し、子供のような夫に、
「さあ、もう寝るよ」
この話題はこれにて強制終了。
特設サイトだとかプレイガイドのページを開かぬまま、すっかり忘れて月日が経つ。
けれども、2次先行の締め切り日だっただろうか。家事について夫と激しく口論になる(負担がワタシにばかり伸し掛かり、手伝おうともしない)。
耐えかねてメッセージアプリで既婚・子持ちの親友に愚痴をこぼし、『いっそ旦那は放っといて出掛けちゃえ。そうだ、うちの子たちがまた遊びたがってたよ。娘ひとり増えても大丈夫、ちょっと預かっておくからさ』ママとしては先輩の彼女に気遣われて、ワタシは抽選に応募した。
チケット当選のメールで涙、育児の合間に画質が粗いライブ映像を観て、メンバーとファンの楽しげな様子を自分の中で希望の光だと捉え、あの輝きに届くまであと何日、と数える。
全ては奏鳴無重力に会うため。
プチプライスの化粧品を買って今風なメイクの練習をしたり、体が怠くて起きられない朝も魔法の言葉「チケット当たった」によって踏ん張れたり、夫とは冷静にとことん話し合って仲直り、叱りがちな娘には深呼吸してから(なるべく)優しく接す。
どんどんワタシは良い方向に変わり、振り返ってみると、いつもこうやって生きてきた。
なので、もし意地悪な誰かに
「音楽なんかで人生変わらないでしょ」
などと嘲笑われたら、
「かもね。でも〈ワタシの場合は〉そうとも言い切れないかな」
が答えで、着実に日々を積み重ねて奏鳴のライブに足を運んだ際、ベースボーカルのコニーが自分次第だと後押ししてくれる。
肩を震わせる程にMCで泣いたのは初で、おまけに
「頑張ってるみんなのためにってか、自分に向けて新しい曲作ったわ。毎日毎日お疲れ様」
「お前じゃなくてゼンが作詞作曲したがな。聴いてください」
ギタリストのトイがツッコミ、驚きと笑いに包まれた。
彼らは15年ぶりの公演にて、まるでワタシのことを歌っているかの如く気持ちに寄り添う新曲を披露し、その後、全国ツアーやフェスで〈現在進行形のバンド〉に返り咲いて、ミニアルバムの発売も決まる。
ヘアバンドで短い髪をまとめ、首にマフラータオル、ラバーバンドとキーホルダーがついたサコッシュをぶら下げ、ロングスリーブTシャツ、ショートパンツにレギンス、靴紐がバンドロゴのスニーカーを脱ぎ、いつも通りの緩いファッションへ。
ただのヒビでなく、○○ちゃんママと呼ばれる日常が戻ってきた、が、娘は「ままがすきなおうた、きくの」とか「あたしもかしゅになりたい!」とか言うようになった(将来が楽しみ)。
まだSNSは避けていても、夫がクレバヤシから最近のフェス会場においてはキッズエリアがあること、他、魅力を聞き「遊べるとこと食べるもんいっぱい。すごくね? 夏の野外は暑すぎるし、だめだけど。来年、家族で行こうぜ」と張り切る。
連れて行かれる娘が可哀想か否かは、正直に述べれば、そこそこ大きくならないと分からず、いずれにせよ彼女の意思を尊重するつもりで、少なくとも両親の顔色を窺って仕方なくついてくる子にだけは、なって欲しくない(父のスポーツ観戦に付き合わされた身としては)。
とにかく。自分も既婚者なのにゼンが随分と前に結婚していたと知り、ショックを受けたワタシで、どうか笑って。
《了》
★あとがきのようなもの
好きだからこそどうしても自分の中でハードルが上がってしまい、音楽の話をあまり書きません。全4話にギュッと詰め込みました。
あなたの人生が変わったきっかけは何ですか?
