小説「葬送の旅」(2/10話) …創作大賞2024応募作品
【第2話】
タイムリープして、つむぎ葬祭の玄関先に降り立つと、すぐに駐車場の方から青い作業着姿の男性がひょっこり現れた。
作業着姿の男も、こちらに気づいたようでピタリと足を止め、こちらを見ている。
まさか、急に降り立った所を見られてしまったのだろうか。
「あ!あの、すみません!私、ここで…ここで働かせていただきたくて!その…お話を聞いていただけないでしょうか。社長様はいらっしゃいますか?」
考えていたセリフがすっかり飛んでしまい、しどろもどろになる。
あ、と小さく呟いたあと、男は小走りでこちらへ駆け寄ってくる。
五月の心地よい薫風が、男の背後から吹き抜ける。すると駆け寄る男の後頭部の髪の毛が、天頂部あたりでふわふわと踊り出した。
寝癖とも癖毛とも分からないボサボサの毛先を踊らせながらやってくる様子に、思わず吹き出してしまいそうになる。
私の五十センチ手前で足を止めた瞬間、風はぴたり止み、跳ねた毛先が顔周りにびたりと張り付く。
白髪染めを暫くしていないのか、よく見ると根元には白髪が目立っているのがわかった。
「あ、山中さん?いらっしゃい」
名前を言われて驚いた。
突然訪問したのに、どうして私の名前を知っているのだろう。
訝しく思っているのが表情から読み取れたのか、
「あぁいやいや…これはこれは…申し訳ない。名前が見えてしまってね」
男は、私が小脇に挟んでいたファイルに目配せをする。
昨日即席で用意した履歴書が、ファイルからはみ出している事に男の指摘で気がついた。
楷書体の''山中''の文字を、慌ててファイルへと引っ込める私に、男は言った。
「中でお聞きしましょう。私が社長の沢木です」
私が学び先につむぎ葬祭を選んだのは、ごく単純なことだった。
紡黄とつむぎ。
自分の名前と同じ葬儀社を見つけ、なんとなく御縁を感じたからだ。
折角潜入するなら、手当り次第よりも、何かしらの理由がある方がいいと考えたからだ。
我が社の存続の為に、おじいちゃんの偉大な功績が、大罪となってしまわないように、葬送について学び直すと決めたのだから、この際大手の葬儀社ではなく、経営者の目が行き届く小さな葬儀屋さんに来てみたかった。
だから、なるべく小さな葬儀屋さんを今すぐピックアップしておいて、と柳木に頼んだのが、つい3日前。
面倒くさそうにまとめてくれたリストの中から、つむぎ葬祭の名前を見つけたのだった。
「それで山中さんは、ご実家が葬儀社さんで、ご自身は十年のご経験があると。継がれる前に一ヶ月間だけうちでアルバイトとして修業したい…そういう事かな?」
くいっと引き上げた眉山につられて、大きく見開いた瞳は意外にも少年のように黒く澄んでいる。
実はもう継いでいるんだけれど…と心の中で言い訳しながら、
「はい。仰る通りです。身勝手な事をお願いしているのは重々承知しております。ですが、私は現役ですし、足手まといになるようなことは決してありません。アルバイト代もどんなに安くても構いません。どうか一ヶ月間だけ、私を雇っていただけないでしょうか」
深く頭を下げると、勢いでテーブルにおでこがコツンと当たった。
構わず頭を下げ続けていると、頭の上から社長の声が降ってくる。
「山中さん、頭を上げて下さい」
言われた通りにすると、黒く澄んだ瞳がじっとこちらを見つめていた。
何もかもを見透かされているような気持ちになって、つい視線をずらしたくなる。
けれど先にずらしたのは、沢木社長の方だった。
ふっと天を仰いで、それからハハハと乾いた声で笑う。
突然やってきて、一ヶ月だけ働かせてくれなどと懇願される身になれば、呆れるのも当然だ。
それから社長は座り直すと、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「山中さん。いい志を持っていますね。素晴らしいことだよ。うちはいつも人手不足だからね。一ヶ月だけでも経験者が手伝ってくれるなら助かるよ」
「え、それじゃあ…」
「うん。貴方を歓迎しよう」
よし!と心の中でガッツポーズをして、沢木社長には何度も何度も御礼を言って頭を下げた。
もし断られたら、柳木の作ってくれたリストの上から、順番に他を当たるつもりでいた。
それなのにこんなにもスムーズに、働かせてもらえることになるなんて、やはり何か運命のようなものがここにはあるのかもしれない。
''自分に都合の良い事実だけに無意識で注目してしまう、心理的な偏り''
確証バイアス、だったか。
最近読んだ難しい本を思い出す。
紡黄はそれから、沢木社長に自分の想いを打ち明けた。
祖父から続く会社をきちんと引き継いでいけるように、自分に足りないものを学びたいと思ってること。
特に大きな失敗経験はないが、大事な何かが欠けていて、それが何であるのかが全く分からないこと。
沢木社長はずっと黙って、私の話に耳を傾けてくれた。
出会った時は、くしゃくしゃの髪の毛と無造作に羽織った青い作業着というその見た目から、まさか社長だなんて思いもしなかったけれど、
こうして落ち着いて話をしてみると、こちらの話を丁寧に聞いてくれるし、理解も早く、受け答えも感じが良い。
柔和な表情も相まって、素直に想いを打ち明けてみたくなる、そんな空気を自然と作っている。
普段からきっと、顧客に対しても真摯に向き合っているのだろう。
改めて、ここへ来て良かったと思った。
本当は当日すぐにでも働きたかったのだが、その日はお通夜も法事も何も入っておらず、社員も休みだったようで、翌日にしてほしいと言われてしまった。
無茶なお願いを聞いて雇ってくれた手前、紡黄も引き下がるしかなかったのだ。
一ヶ月間だけにしたのは、タイムリープの限界が一週間だからだ。
この世界での一ヶ月は、紡黄の世界の一週間に相当する。
それが限界。
タイムリープは高所得者層であれば体験できる。
ただ期間を守らないと、元の世界へ二度と帰れなくなる危険性があった。
会社のことはもちろん心配だが、その前に自分がちゃんと元の世界に帰らなければ意味がない。
沢木社長がくれた、この一ヶ月という時間を、何がなんでも意味のあるものしたい。
有意義に過ごさなければならない。
むくむくと膨れ上がる焦る気持ちを抑え、私はホテルのベットに潜り込み、翌日からの仕事に備えて、無理矢理目を閉じた。
***
第3話へと続く
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