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信長の野棒棒鶏?

昔、日本に棒棒鶏(バンバンジー)が初登場した頃、CMで「ぼうぼうどり?」と言っていたのを思い出す。
今の私は出来るだけ肉食を控えているので、野菜でそれに似た物を作ってみようと無謀な試みをしながら、信長の野望について妄想してみた記録。


材料

大根              好きなだけ
茄子              1本
ジョセフィーヌ(ドレッシング) 好きなだけ
胡桃              好きなだけ
白擦り胡麻           好きなだけ

織田信長という人物は現代人に近い感覚を持っていたのかもしれないと思うことがあります。
例えば戰國時代、人権などという意識もない頃、非力な女性はモノ扱い。
有名な戰國大名の奥方であっても、本名は不明ということが多い。
ところが信長の奥方は「歸蝶」とか「吉乃」
奥方だけではなく妹の名は「市」
娘は「五德」
信長自身の家族だけではなく、家臣達の奥方も名前がよく傳っている。
前田利家の妻は「松」
羽柴秀吉の妻は「お寧」
山内一豊の妻は「千代」等々。
織田家中では女であっても人として扱っていたことを示している。


今回の肝、体に良くて美味しい物を売るスーパーまるおかの商品、ドレッシングのジョセフィーヌ。

合戰を終えた歸路、道端で昼寝している百姓を家臣が見咎める。
「殿がお歸りだというのに出迎えもせずに昼寝とは許せん。叩き起こしてやる」
「よせ、儂はああやって百姓が昼寝出來る世を作るために働いておるのだ」
弱い立場の者に対して、居丈高になったり、乱暴することは控えていた。
弱肉強食の時代にあっては珍しい。
もちろん、万人に対してそうだった訳ではなく、敵対する武士階級以上の者、怠慢な者、無礼な者に対しては容赦ない仕打ちも信長は行っている。
それはそうです。万人に優しいだけでは苛烈な時代を生き残れない。


短冊に切った茄子と大根を蒸籠に詰める。

關ヶ原近くの山中村に「猿」と呼ばれている障害者の物乞い。
先祖が義経の母、常盤御前を殺した因果応報で障害を持って生まれたと言われ、村人からも蔑まれていた。そこに通りかかった信長は、因果応報などないと言い切り、上等な木綿を持ってきて、これを売って猿に家を建ててやり、飢えることがないように面倒を見よと命じた。
弱い者を踏みつけるようなことはしていなかったことを示す逸話。

信長が率いた兵の多くは金を払って雇った者。金次第ですから、本当にやばくなったら逃げるし、そんなに強いとも言えない。
それをカバーするために鐡砲という最新武器を織田軍は大量に装備。
何が言いたいかというと、多くの大名達が率いた兵は徴兵された農民。彼等は家族を人質に取られているので逃げられない。
必死で戰うしかないので強く見える。
更に多くの戰では乱取りが許されていたのも強さの秘密。つまり暴行や略奪を餌にしていたということ。


蒸籠で10分ほど、蒸す。

戰國武将では人氣が高い武田信玄。
志賀城攻略の後、城に居た者達を人買いに売り飛ばした。
信玄の好敵手扱いになっている上杉謙信。
毎年のように越後から遥々と關東へ出兵。
關東管領として乱れた秩序を取り戻すが大義名分。
実際の目的は略奪。
關東にいくら攻め入っても領國化しなかったのは、敵地のままにしておいた方が略奪するのに都合がいいから。
領土欲がない清廉な武将というのは都合の良い解釈。
義に厚い武将と呼ばれていますが、謙信が義を見せるのはあくまでも武士階級以上の者に対してであり、庶民はモノでしかない。
敵地で攫った庶民を奴隷として売り飛ばせば儲かる。
人身売買とは元手タダで儲かる美味しいビジネス。
信玄や謙信に限らず、九州の大名などは軒並み人身売買に手を染めていて、日本人を西洋に売り、対価として鐡砲を撃つのに不可欠な硝石を入手。


砕いた胡桃、ジョセフィーヌ、擦り胡麻を混ぜ合わせる。

日本には昔から奴隷はいなかったと言う人もいますが、古代から歴然と存在。
魏志倭人伝に卑弥呼が魏に生口を献上したという記述。
この生口とは奴隷。
昔話でよく聞く神隠しというのは大半は人身売買が絡んでいる。
荒っぽい戰國時代では尚更、普通にあったこと。
信長の家臣、村井貞勝が京都所司代だった頃、若い女を攫っては売り飛ばしていた女を捕まえたという記録。
信長は人身売買という惡しき商売を止めさせようとしていた。

二条城建設中、笠を被った女。顔を覗こうと笠に手をかけた者を信長が手討ちにした。
これも弱い立場の者への狼藉を戒めるための、言わば一罰百戒。


蒸し上がった。

比叡山焼き討ちや一向一揆討伐で何万人という人を殺したのを以て、信長は宗教弾圧をしたという人もいるが、宗教を利用して政治に口を挟むことや人を利用する輩を許さなかったということ。宗教そのものを弾圧していない。
一向宗が信長と講和した後、今後はどこでも自由に布教してもいいとお墨付きまで与えている。このことが宗教自体を弾圧したのではないと示している。
宗教を盲信している者には何を言っても聞かないから戰わざるを得なかった。
このように見てくると、信長は真っ当に生きている者が安心して生業に従事出來る世の中を作ろうとしていたと思える。


信長の野棒棒鶏?

白い大根を蒸し鶏に見立てた。
蒸した大根は自然な甘さに満ちている。正に滋味。
大根だけでは物足りないので茄子も加えたが、これもいい味わい。
甘味、塩味、黒胡椒のスパイシーさが混ざり合ったドレッシング、ジョセフィーヌがよく合う。砕いた胡桃がアクセントとなり、胡麻の風味もいい相性。
胡桃に含まれるα-リノレン酸は体内では生成出來ない成分。中性脂肪を下げて、血液サラサラ効果。

つまり信長の野望とは、真っ当に生きている者が真っ当に暮らせる世の中を作ること。
決して自分が権力を独占して王侯貴族のような贅沢三昧をしたいということではなかった。
織田信長が残忍な魔王のようにイメージされるのは信長以後に天下を取った秀吉や家康、特に江戸幕府による印象操作があった。
最終的に天下人になったのが信長ではなくて権現様こと家康でよかったでしょうと民に思わせる思惑。

以上は全て私の妄想です。本氣にしないように。

美味しくて体に良い物を売るというコンセプトのスーパーまるおか。
大根もここの商品。やはり素晴らしい。
私は別に一銭ももらっていませんし、回し者でもありませんが、いいと思うのでここで紹介しています。

織田信長という人物については色んな妄想が出來る。いずれまた妄想するかもなどと考えながら、信長の野棒棒鶏をご馳走様でした。


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