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「学ぶ」ことは「生きる」こと~子どもの学びについて考える

こんにちわ、OgAzです。

長男の中間テストも次男の宿泊体験も無事終わり、夏休み前の大型学校行事を終えた安心感で満たされています。テスト結果が無事かどうかは定かではありませんが、まあそれなりに勉強していたし、それなりの結果が出ればいいんじゃないかなと思っています。

勉強といえば、先日noteで興味深い記事を2つ拝読しました。

子どもにとって「どうして勉強しなきゃいけないの?」は永遠のテーマだと思いまして、記事を拝読していろいろ考えさせられました。そういえば私も長男が小学校低学年のときに聞かれ、そのときは確か「長い長い人生を、より楽しく生きるためだよ」みたいなことを答えたような気がします。学ぶことは生きる糧である。

「子どもの学びにどう向き合うか」については、私もまさに今、試行錯誤している最中です。この先、子どもたちが成長する中で、それがどのように生きて来るのか、または生きてこないのか、見守っていこうと思っています。今回は、そんな「子どもの学び」について書いてみようと思います。

「勉強」より「学習」

個人的には「勉強」という言葉が好きではありません。「強」って字が「強制」みたいな感じがして、無理矢理感があってイヤなかんじ。意味を調べてみたところ

べんきょう【勉強】
1.《名・ス他自》無理にでも(=強)努力して励むこと。
2.仕事に精を出すこと。 「やあ、相変わらず―しているね」
学業・技能などを身につけようと努力すること。 「数学を―する」
今後、事を処するのに役立つ、身にしみる経験。 「今度の失敗は(いい)―になった」
3.商人が品物の値段を安くして売ること。 「せいぜい御―いたします」

Oxford Languagesより引用

「無理にでも」とか入っとるやんけ!!

似たような言葉であれば「学習」のほうがいいと思うんですよね、「学」って字は主体的な意味合いを持っている気がするので。あくまで個人的な意見ですよ。こちらも同じ辞書で調べてみました。

がくしゅう【学習】
《名・ス他》ならい学ぶこと。特に、学校などで系統的に勉強すること。
 「―塾」。心理学で、以前の経験を土台にして新しい適応の仕方を習得していくこと。

Oxford Languagesより引用

まあ・・・可もなく不可もなくって感じでしょうかね。勉強に比べるとなんか薄いな。

とにかく、我が子たちには、半強制的な「勉強」じゃなくて、自ら机に向かう「学習」をしてほしいなあと思っています。でも「学習」もなんとなく硬いので、もっとフランクに「学ぶ」でいいと思います。学校でも家でも、やるべきは「学ぶ」ことだ。

「勉強の歌」はいいぞ

「勉強」で思い出すのは、森高千里さんの「勉強の歌」です。若い方は知らないでしょうが、同世代の皆さんにはわかっていただけるんじゃないでしょうか。久しぶりに見たくてYoutubeを開きました。

歌は知ってたしカラオケでも歌っていたのですが、PVを見たのは初めてでした。ダンスが気になりすぎて歌が全然頭に入ってこないんですがそれは。でも注目してほしいのは歌詞。馬鹿っぽい歌ですが、真理が含まれていると思うのです。

勉強はしないよりもしておいたほうがいいわ
1つでも得意なものあるはず
勉強はできるうちにしておいたほうがいいわ
あとになって気づいたって遅いわ
(中略)
癪だけど勉強にはニンジンと同じくらい
栄養があるみたいよ 食べなきゃ

「勉強の歌」サビ部分

大人になって「もっと勉強しておけばよかった・・・」ってのはよく聞くセリフですが(夫がよく言っている)、まさにそれ。あとになって大切さに気づくんだよな。

ニンジンのくだり、高校時代の自分にとっては衝撃的な歌詞でした。ポップソングに「ニンジン」という所帯じみたパワーワードよ。あまりに強く印象に残っているせいか、いまだにニンジンを見るとこの歌を思い出します。ニンジンは勉強と同じくらい栄養価が高い。

学ぶことが楽しかった学生時代

報道記者だった父の言いつけで、小学校高学年の頃から新聞を読まされて読んでいました。新聞って難しいんですよね。小学生に読めというのが無理な話では?と思いながら、毎日なんとなく目を通すようにしていました。「一面だけでいい」とは言われましたが、漢字が読めないし言葉の意味もわからなくて、毎日苦痛ですよ。嫌がらせですか。

そんな日々を過ごしていた私ですが、中3で数学を担当してくれた野中先生の授業がきっかけで、学ぶことの楽しさを知ります。野中先生の授業はすごく分かりやすくて、いやおそらく「教え方が私に合っていた」というのが正解なのでしょうか。数学はあまり得意な方ではありませんでしたが、急に視界が開けたような感覚がありました。「あれ?答えがわかるぞ」みたいな。それが呼び水になり、ほかの授業もイモヅル式にググッと成績が伸び始めました。なぜかわからないけど、授業ぜんぶ分かるぞ。全部面白いぞと。

そうなってから読む新聞は、とても楽しかったですね。あんなに憂鬱だったのが不思議なくらい。授業で習ったアレが、本で読んだアレが、新聞の中に出てきたときの喜び。今考えるとあれは、日々の小さな「学び」という「点」が、新聞によって「線」につながったということだったのでしょう。学びは「線」になることで生きてくるんだと実感したのでした。

子どもたちが自然に学べる環境づくり

学ぶことが好きだった私は、我が子たちにも学ぶことの楽しさを伝えたいと思っています。「勉強しなさい!」と言われて無理やり覚えたとしても、その知識はすぐに忘れてしまって身にならない。逆に、本人が「面白そう」と興味を持って学べば、それは一生物の知識になると思うのです。そうやって身になった知識がたくさん授業に出てこれば、きっと子どもは「面白い」と感じて積極的に取り組むんじゃないかと。授業とは、「点」であった知識を「線」にしてくれる絶好の場なのです。もちろん教え方によりますけどね。

ということで、私がやるべきは「日常生活のなかで子どもたちの興味の幅を広げる」こと。日々の生活の中に、たくさんの「点」を作ってあげる作業です。日常会話の中で、テレビを見ながら、ゲームをしながら、「こんなことがあるよ」「こういうの知ってる?」をたくさん話すように心がけています。将来彼らがどんな道に進むにしても、興味・関心の幅が広ければ、選択肢はそれだけ広がるはず。限られた選択肢ではなく、無限に広がる可能性が選択肢になるような、そんな将来を思い描いてほしいと思います。夢はでっかく!

我が家で実践中の「学び」いろいろ

・テレビでちょっとむずかしい熟語が出てきたりすると、「今のどうやって書く?」とクイズを出し合ったりします。ホワイトボードに書いているうちに、だんだんお絵描き大会になっていくわけですが。

タコとたぬき?の落書き

・午後7時のニュースを必ず一緒に見るようにしていて、ニュースの内容について説明したり議論したりします。世界で今どんなことが起きているか、国内の政治は、経済はどうか。夫がMove To Earnをやっているので、最近はビットコインの話なんかもします。

・私の大好きBOOK OFFで、110円~220円の本を子どもたちにもたくさん買います。

安くなくても本はなるべく買うようにしています。本は学びの宝庫だからね。BOOK OFFでは、本人がほしいというものはもちろん、「これ好きそう」と私や夫が判断した本も買います。長男は、夫が買ってあげた「元素の本」が大層気に入っているそうで、ボロボロになるまで読んでいて学校にも持っていっています。周期表を覚えてみたり、化学反応を調べてみたり・・・お前は一体どこに向かっているのだ。

ボロボロすぎてドン引きした元素の本

・私は幼少の頃から「ゲームや漫画なんかバカになるから駄目」と言われて育ちましたが、どんなものにも学びがある。それらで得た知識も決して無駄ではないと思います。ゲームは最高の学習教材ですよね!対戦ゲームは協調性を学ぶのにいいですよ、スマブラは家族関係が悪くなるけど。

結び

人はどうして学ぶのか。永遠の命題かもしれません。でも結局、人間は考える葦なのであって、知的好奇心を満たすことに大きな意義を見いだせる生き物なのです。学ぶことは知識を得る唯一無二の手段であり、知識は人生を豊かにしてくれるエッセンス。知識があるおかげで今日も私は面白おかしく生きています。それがすべてだ。今のところ「学ぶ」ことが好きと言っている息子たちですが、この先どうなるのか、将来どんな道を選ぶのか、興味深く見守っていきたいと思います。

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