安楽死もさせてくれない こんな世の中で
先日投稿した記事の冒頭でも紹介したが、弱者男性というワードとともにトレンド入りした言葉がある。

『#国は安楽死を認めてください』だ。
これに対して、『なんてけしからん主張だ!!許せん!!』と思った人は、今すぐブラウザバックしてほしい。
さて、ここから先を読むのは、安楽死を望む声にある程度の共感を持っている人だと思うので、遠慮なく語っていくことにする。
このワードがトレンド入りしたことに対して、僕はそれほど驚かなかった。
僕のフォローしている範囲のアカウントの人は、割と希死念慮を持っている人が多く、この願望自体は見慣れていたからだ。
その証拠に、安楽死を求める人たちの意見は、日夜Twitter上にあふれている。今回のトレンド入りはたまたま膨れ上がっただけで、安楽死を望む人のツイートは毎日投稿されている。
僕のフォロワーは精神疾患や生きづらさと戦っている人が多いので、エコーチェンバーもあるかもしれないが、メンクリがトレンド入りしたりもしているので、病む人自体は増えているんだろう。
格差の拡大、キラキラした他人の情報が嫌でも目に入るインターネット、親ガチャなどという身も蓋もない言葉の流行…。
社会はどんどん身も蓋もなくなっている。世を儚む人が増えても仕方ない。
中には安楽死願望を批判する人もいる。
『安楽死は甘え、迷惑をかけるな』という内容だ。
だが、数にすると少数のようで、むしろこの安楽死願望を批判する側が安楽死希望者に物量で押されているのが現状のようである。
世も末だなと思わずにはいられない。
赤裸々に言ってしまうと、僕自身、いっそ殺してくれという願望を持っている。積極的に自殺企図をするほどではないが、誰かに殺されるなら、それはそれでいいか…程度のことは常に思っている。
同時に、今の世の中は命を丁重にするあまり、はぐれ者にさらなる苦しみを与える仕組みになっているとも思っている。
今回は、そんな僕の持論をつらつらと書いていく記事になる。
安楽死はあり!!むしろ中途半端に生かす方が残酷!!と思う方は読み進めてほしい。
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