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やせがまん 『短歌と詩と随想と』世一

  や
    せ
 が
      ま
          ん
しわすの月は
うらさみし
えにも画けない
夜ガラスいちわ

母音律あいうえお順


夜の月


漆黒と塗り上げられた空を往く鴉を無常観無為観VANITASと眺める僕がいる月も一人で寂しそうだったよ
鴉ヨおまえは帰れるのかい ?
塒へと
友の待つ塒はあるのかい ?
闇夜に啼き上げるお前のうたは 
とどける相手はいるのかい?
大丈夫
やせがまんの涙は
ここでは見えない

さあかえれ
memento の 森へと


■ (* ̄▽ ̄)フフフッ♪ ヤバかろう ?
だれか褒めてwww
"これ"を書いた時点で無為観は霧散するのだがw
こういうものを書いているときの幸せったら
無いのだわ。


この数日立て続けに友二人と言葉を交わす。
友と呼べる人間はわずかなものである。
誰と話しても病気のこととなるのが鬱陶しい。
せめて何か明るい話題で取り繕うことも考えないでもない。
ただ
ないのである。今のわたしには明るい話題。
人様の心もちを明るく取りなすはなしはない。
声が聴けて嬉しかったとするのが精々だ。

Sは今年の秋に66歳になったと聞く。
Tは今年の12月1日に70歳になったと聞いた。
二人とも立派に現役で活躍している報に触れ涙が出るほど嬉しかった。
Tは我が本宅のゴミ屋敷然とした雑文庫を
気に留め乍ら観ていてくれているようではあるが
どうやら生存確認の一つの手立てであるようだ
昨夜なども電話での第一声
「どうしたんすか ? だいじょうぶなんすか ?躰」と
気遣いの言葉を投げてくれた。

Tとわたしは誕生日が1日違い。
彼は12月1日
私は11月の30日
そんな縁も手伝ってかTと知り合い
関係を深めてから13年目に入る
素晴らしい人物だ
わたしが最も尊敬しなんでも話せる人間と心許せる存在
大阪に本部を置く『民族系※有名・総合ホテル』の要職を歴任
海外事業部の責任者からASEAN各国を渡り歩き
系列の沖縄のホテルの総支配人
定年後、大阪のとある大学の教授に着任し
筆者の研究所に合流
ゴルフの腕前は70歳にしてシングル・ハンディ8
細君はたしか四十代後半か
人間性は清廉潔白、謙虚、誠実、正直、高潔を画にかいたような人柄
わたしの大いなる財産。

Sとは14年目に突入するのか
Sは今では北海道在住となり
北海道の大学で特任教授を務めながらの年金生活と聞く
ただ、実質年金生活でのんびり悠々自適からはほど遠く
学校からあれやこれやの仕事を押し付けられているとぼやいていた
苦労人だ
中東のキャリア、航空会社の日本支社勤めを経て大学の教員を目指す
長きの浪人生活を経て筆者の研究所に合流
非常勤の役員理事を務めながら大学の助教の席を射止めている
Sとはじめて会ったのが2012年の12月
四国、大阪、北海道~日本縦断だ

今となっては中々簡単に顔を合わせられる状態ではなくなってしまった
毎年のことだがこの時期になると電話で話すことが増える
嬉しい
声が聴けるだけでも嬉くも有難いものである

特にこの二人の存在はわたしにとっては大きかった

ハラールや、ムスリムフレンドリー、ベジ・ヴィーガンらの具体的ロジックをわたしが組み上げそれを彼らに落とし込み理解してもらい、根っこから頂きまでを共有。それを講演現場などで話してもらっていた。

TもSも当時は『大学教授』だった
看板として重み足らずのわたしを嫌な顔みせず助けてくれた
両脇でしっかり支えてくれていた
感謝の思いしかない

ただ残念だったのはTが北海道のセミナーに参加できなかったことだ
ひょんなことから筆者の研究所が主導することになった北海道での日本初の試みとなるセミナー内容
登壇者は延べ6人、運営関係者も含めると10人は超えていた
ハラール、ムスリムフレンドリー、ベジ・ヴィ―、そしてHACCP
とんでもない"勉強会"だった

あの時、最後の夜に円山のトリトンで寿司をつまんだのだが
Tがいなかったことだけが無性に寂しかったことを今でも思い出す
大学の都合でどうしても参加できなかったのだった
今となってはTも腸の難病持ち
Sに至っては胃がんを患い胃の2/3を切除、心臓弁膜症、そして糖尿だ


二人とも私の推薦で「国土交通省・観光庁広域観光周遊ルート専門家」として国の仕事に携わってもらっていた
うちの研究所からは、わたし含めて5人が専門家として認定を受けている
一人は「ムスリマ」だった
日本初のムスリマ専門家だ
ご主人がムスリムで外国のお人だったのだ

最も多くの専門家を輩出した事業体だった
わたしの数少ない自慢。わたしの生きすがらにおける大きな誇り
国のために何かができたと思えた時間

が、実は、もう一人。金沢在住の一足がいたのだが……、わたしの力不足だったのだろう。時間を使い色々やってみたが、どうしても、この一人だけを専門家として通すことが出来なかったことが心残りで、申し訳ない思いを未だに抱いている。
あんなに頑張り屋さんだったのに。本当に可哀想なことをした
ごめんよ。

2018年の半ばからわたしの糖尿病が悪くなりはじめており、長時間直立できない状態。脚がつるのである。
そしてコロナだ。
その後、両親が次々に他界し、最後に実弟が他界
その後、わたしもあっちの手術だこっちの手術だ抗がん治療だ
そして糖尿の悪化

膵臓の手術以降、膵臓機能が低下しインスリンの出が悪くなっており、HbA1cが下がらないことが判明
先月からはついにインスリン持ちの身となり、今では一日4度のインスリンのセルフ注射を打ち出す始末。めんどくせー
尚、今では普通に歩けるし、何らの不自由はない。
精々が、男としての機能不全。これとて、今更~という話し。寧ろそのぐらいが丁度良い塩梅か。

やせ我慢をすることは子供の頃から慣れている
しかし乍ら歳のせいにはしたくは無いものの~
病気は人を気弱にする

気合いっばぁーつ ! ! やればできる ! ! お前は天才だ ! !
気は使うためにある ! ! 気を使え ! ! 一流の気働きをみせよ ! !
付加価値を想像せよそして創造しろ ! ! 俺に出来ないことは無い ! !

そして、人の声に救われるいま
私の言葉のすべてが今となっては遠くに思える
この数日、SやTの声に触れどれほど「ホッ」とできたろう

有り難いことに、ここでも「仕方のない奴め」と善意を向けてくれる人たちがおられる
まぁ、ようやく物も書けるようになってきているからして精々、半生ものでも書き上げて笑ってくれる人たちを増やしてゆきたいと思う今日この頃だ
あ~ン ? 自伝 ?
アホ草
んなぁ下らないもの書くかよ~つまらねぇ
人の不幸ほど読んでいて愉しいものは無いだろう ? (笑)

長話へのお付き合い。心より感謝申し上げます。
そして、フォロー返しを頂けた皆様には、この場を借りまして心より御礼申し上げます。
本当に有り難うございます。皆様より頂戴した恩典に浴し、これからも楽しんで頂けるようなものを創って参りたいと存じます。
謹白


※ 以前は、ホテル業界においては「民族系」と「外資系」というセグメントが機能していたが、現在はそれを知る者、その言葉を使う者は少数となったろう。オークラ、ニューオータニ、帝国、札グラ、リーガロイヤル、旧プラザ大阪……綺羅星の如く日本の成長期を支えた民族系の雄たちも外資系の進出、経営委託が進み差別化の機能も難しくなっている。
けして明るいとはよべないロビー・フロント照明こそが「高級ホテル」を感じさせたものだが……。

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