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自然音に答えがある気がした日

創作エッセイ「気づきから始まる創作」 #1

私のnoteでは、初回の記事で宣言した通り、完成した作品だけではなく、その作品が生まれるまでの「気づき」や「ひらめき」、試行錯誤の過程も残していこうと思っています。

私にとって創作は、突然完成するものではありません。
日常の中で生まれた小さな気づきが、少しずつ形を変え、何かしらの作品になっています。

前回の記事で、私は「分岐に立っている」と感じたことを書きました。その後のひらめきから、オルゴールを作ろう!と思い立ちました。

初めてですが連載として、今回の創作の時間をありのままに記録してみようと思います。


朝の通勤中、ふと考えました。
私、デジタルにばっかり触れすぎているのでは?と。

考えてみたら、
毎日、パソコンやスマートフォンに囲まれて生活していて、
なんなら私の電子ピアノもデジタル音ではないか、と。
YouTubeもAmazonミュージックも、デジタル音ではないか、と。

私は長年、肩こりや首こりに悩まされています。
マッサージや整体にも行きましたし、
ストレッチも運動も自宅ヨガもやりました。

その場では楽になるのですが、しばらくすると元に戻ってしまう。
当然ながら、日々の過ごし方がよろしくないため、元に戻るのでしょう。
なかなか根本解決にならない。

毎年新年に、今年こそは肩こりをなんとかしたい。
そう思っているんですけどね。

しかし。
ピアノ弾くのも、PCで仕事するのも、創作活動の大半も、
全部座ってます。私。
ずっと座っています。

さらに、デジタル音に触れている時間がものすごく多い、と感じます。

座っている時間が長いのは良くないと聞きますが、
とはいえ、仕事変えるのも違うし、趣味やめるのも嫌。


音楽を作り共有している思想の土台

ここから先は、あくまで私の仮説です。
オルゴールに行き着く思想の土台を先にお話します。

科学的な根拠があるという話ではなく、「私はこんなふうに考えた」という、一つの思考の記録として読んでいただけたら嬉しいです。

興味を持った波動のこと

以前、本や動画で、素粒子や周波数について触れる機会がありました。
そのとき、興味が湧いたのが、
「波動」のこと。

極論の妄想として、全てのものが素粒子と周波数でできているとすると、形あるものも、ないものも、すべてが何かしらの“状態=波動”として存在していることになります。

そうなると、言葉も感情も身体のこわばりも、 それぞれが固有の波動のパターンを持っている、と考えることができる。

ヘルツと音の可能性

この視点で見ると、江本勝さんの『水は答えを知っている』のような話も、 「科学的に正しいかどうか」よりも、 “世界をどう感じるか”という感覚の領域の話としておもしろいのです。

また、楽器の調律についても、 モーツァルトの時代は432Hzで、現代は440Hzで調律されているという話がありますが、

私が惹かれたのは、周波数そのものよりも、 音が人の状態に触れる可能性のほうでした。

音が人へ与える影響についての話。
音楽療法とかありますしね。

本来の「心地よい状態」

音楽が、誰かの内側の流れに触れて、 ほんの少しでも“滞り”の状態が動くことがあるのではないか。
もし、この世界のあらゆるものが、それぞれ固有の振動を持っているのだとしたら。
私たちの身体にも、本来の「心地よい状態」があるのではないだろうか。

そして、日々の生活の中で少しずつズレていき、
休憩や睡眠とかで本来の「心地よい状態」に戻らなくなると
「なんとなく調子が悪い」と感じるのではないだろうか。
そんなことを考えるようになりました。

音楽にできると思うこと

ということは、
本来の「心地よい状態」に戻すにはどうすればいいのか。

音楽に限ったことではないと思うんですけど、
音楽でもできるな、と思った。

そこから、自作の音楽が誰かの何かに共鳴するかもしれない諸々の道理は、長くなるのでここでは割愛し、

そんな妄想のような感覚があり、 私が自作の音楽を共有しようとしたきっかけのひとつになっています。


身体を自然物として考えたときの自己調律法とは

人の身体は自然のモノと同じ。
動物ですから、自然物として宇宙の循環の一部ではありますよね。

なんか意識があって、思考があると、つい忘れがちなんですけど、
どれだけ何かが進化したとしても、今のところはまだ、人間は自然物。

「心地よさ」を基準に調律できるのでは

人間の身体は、楽器の弦のように「正しいピッチ」がわからない。
とするならば、鳥肌が立つような“心地よさ”を基準にできるのでは?

調律するとき、楽器はそれぞれ、ペグを回したり、管の長さを変えたり、息の質を整えたりして「正しい状態」に調律されていきますね。

人の身体も、 自分が心地よいと感じる方向へ少しずつ“状態=波動”を合わせていくことができるのではないか。

そんな妄想のような哲学が、私の中ではとても腑に落ちているのです。

自然に触れるリラックス法

よく、自然に触れるとアルファ波がナントカで、リラックスできる、みたいな話がありますよね。
温泉に入るとか、アロマとか、ペットに触れるとかも同じですね。

ストレス解消として、運動するとか、買い物するとか、酒を飲む、とかではなくて、

山とか海に行く、焚き火や雨、川の音を聴くみたいなものも「落ち着く」方法としてあると思います。

放電とアーシング

これって、
自然に触れると“放電したみたいに”軽くなる、ってことかな。
詰まっていたところが解放されるとか?

便利な人工物が増えていく中で暮らしていると、 ズレてしまう身体の波動がたまってしまうのかな、とか。
極端な話、アース線ない、みたいな?

なーんてことを楽しく考えておりまして。

ということは、木に触れればいいのか!→めっちゃ単純。
ナウシカになればよいのだな。→(流砂に巻き込まれて腐海に落ちて、木に頭をつけて涙を流しながらアスベルに「嬉しいの」という場面)

”放電されたみたい”となることで、身体の緊張がゆるみ、「心地よさ」のようなホッとした感覚を持てるのでは=自己調律できるのでは、と思ったわけです。

個人的には、「鳥肌」が立つ感覚のような心地があるかないか。
鳥肌も肌の表面が震えるわけで、なんか調律されているっぽい気がするんですよね。

「心地よい」というサイン

雨の音を聞くと落ち着く。
風鈴の音を聞くと、夏を感じる。
川のせせらぎを聞いていると、時間を忘れる。
焚き火をぼんやり眺めているだけで、心が静かになる。

理由は説明できないけれど、
「心地よい。」
そう感じるものがあって、人それぞれあると思うんですよ。

その「心地よい」という感覚こそが、本来の自分へ戻るための、小さなサインなのかもしれない。
そんなことを思いました。

 本当かどうかは別として、 私の世界観の中では矛盾なくつながった瞬間でした。


自然音としてオルゴールを選んだ理由

そして、音もまた自然としての波動です。

デジタル音も波動ではあるけれど、一度“人工的に整えられた波形”であって、 素材そのものが響いて生まれる自然の音とは少し違う。

身体は自然物だから、 身体を調律するなら、できれば自然の振動に近いものを使ってみたいと思いました。

自然な振動で調律するための楽器

となると、何を使うのか、と考えたとき
真っ先に思いつくのがアコースティック楽器。

ただし、うちは賃貸のため、音出し不可。
アップライトピアノもギターも弾けません。

となると、小さくてある程度の残響が残るものは何があるのか。
鈴とか、天然石用のチューナーとか、ガラス系とか
家にあるものを叩いてみても、今ひとつピンと来ず。

せっかくなので小さな楽器がいいな、なんて思いつつ、
オルゴールは?と閃きました。

蓋を開けたら鳴って、音が鳴って、閉じたら閉まる。
いいじゃん!と思ったものの、オルゴール持っていなくてですね。

オルゴールの種類

オルゴールを調べてみたら、以下の3種類ありました。

■ シリンダー式(円筒オルゴール)
円筒に突起がついていて、それが櫛歯をはじいて音が鳴る。 クラシックなオルゴールのイメージはこれ。自動のものと手回しのものがある。

■ ディスク式(円盤オルゴール)
金属の円盤に穴が空いていて、それを読み取って音を鳴らすタイプ。 曲の交換がしやすいが高価。

■ オルガニート(パンチカード式)
紙に穴を開けて、手回しで鳴らすタイプ。 自作曲を鳴らせるので、自己調律の実験に向いている。

オルゴール美術館的なところでしか見たことなかったんですけど、オルガニートだと、自分でカードにパンチして作れるんですね。

これなら、自作の曲をオルゴールにできるなと思い、作ってみよう!という流れになりました。

賃貸でも使えそうな小さな楽器

他にも、カリンバやライアー(一枚板のヤツ。じゃないとギターと同じになってしまうの)、スチールドラムとかもよさそう。

リコーダーとアルトリコーダーは持っていて、これは本格的に吹き始めてしまい、近所迷惑になってしまうので却下。

楽器は人工物ではないか疑惑

ふと楽器も人工物じゃないか、と思ったんですが、

人工物であっても、木や金属が持つ固有の振動は自然そのもの。
楽器は“自然の素材が生む振動”を人が扱いやすい形にしただけで、 音そのものは自然の法則に従って響いている。

ということで、アコースティックな楽器は人工物であっても、 自然音の延長線上にあるということにして、オルゴールを作ろう!という方向へ一歩前進しました。


個人的なミニプロジェクト発足

そんなこんなで、
「私はオルゴールで自己調律できるのかプロジェクト」を発足。

目的:オルゴールの音で自分の身体や感覚が自己調律できるのかを検証すること。
ゴール:オルガニートの試作品を作り、自作の曲を鳴らしてその体験を記録すること。

数値が取れるような検証ではないし、 完全に私自身の感覚の世界ですが、
“オルゴールを開けて音を鳴らすとホッとする” そんな小さな自己調律の時間が作れたらいいなと思っています。

自分の状態を整えるための、小さな音の道具

家で、アロマとか入浴剤みたいな立ち位置で、気軽にホッとできるもの。
持っていると安心するような、お守りみたいなもの。
そんな仲間にオルゴールが入ったら、なんかちょっと楽しそう。

オルガニートやカリンバ、スチールドラム、竪琴のような、小さな楽器たち。(新しい楽器を早くやってみたい衝動を抑えつつ)
その最初の一歩として、 自作の曲を紙にパンチして、 手で回して鳴らすオルガニートを作ってみようと思っています。

これは、私なりの“自己調律の実験”の記録です。 創作エッセイとして、少しずつ連載していく予定です。

肩こり治すぞー!オー!!

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