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第六章: 理解

本シリーズは特定の企業を批判する目的で書いているものではありません。
むしろ、あの時代に社会へ出た多くの人が
どこかで感じたかもしれない違和感の記録です。
それが個人の問題だったのか、
それとも時代の問題だったのか。
その問いを、冷静に辿っていきます。

シリーズ一作目はこちら:第一章 高熱

最初の反応は、だいたい似たようなものだった。

半信半疑。

先行導入した都市ガス会社の事例は、それなりにニュースバリューがあった。
業界の人間なら、多くがその話を知っていたと思う。
だから「そんな仕組みが世の中に出始めている」という認識までは共有されていた。

だが、それと「うちもやろう」は別である。

誰もが話としては知っている。
けれど、自分の会社がそれに乗るかというと、そこでは急に空気が止まる。
様子見、という言葉が一番近かったかもしれない。

今になって思えば、それは当然だった。

生活インフラを扱う会社にとって、新しい決済の仕組みを導入するというのは、単なる利便性の追加ではない。
売上の流れ、回収の仕方、顧客対応、システム、トラブル時の責任。
いろいろなものが一気に変わる。

だから、少し面白そうな話が来たからといって、すぐに飛びつくようなものではない。
しかも、こちらが売っていたのは、まだ完成していない仕組みだった。

先にインフラはある。
考え方もある。
だが、実際の運用の細部まできれいに整理されていたわけではない。

だから正直に言えば、この時点の私自身も、そこまで深く理解して売っていたわけではなかった。

話としては分かる。
将来性も感じる。
F部長の描いている絵にも納得している。
だが、それが相手の会社の中でどう効くのか、どこを一番強く刺すのかまでは、自分ではまだはっきり掴めていなかった。

今思えば、私はこの頃、未来を売っているつもりでいて、その未来のどこが顧客にとって本質なのかをまだ分かっていなかったのである。

そんな中で、あるプロパンガス会社の部長だけは、毎回嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれた。

こういう人は本当にありがたい。
営業をやっていると分かるが、話をきちんと聞いてくれるだけで相手が違って見える。

その部長と何度か話をするうちに、私はようやく、この仕組みの本当の意味を教えられることになった。

ガス会社というのは、不払いがあったからといって、すぐに供給を止めるわけにはいかない。
生活インフラだからである。

つまり、売上は立っているのに、現金が入ってこない。
この問題に、ガス会社はかなり悩まされていた。

私はそこではじめて分かった。

クレジットカードを挟む意味は、「払いやすくなる」ことではない。
少なくとも、それだけではない。
もっと大きいのは、時間だった。

具体的な日数はもう曖昧だが、クレジットカードを使えば、たとえ後から利用者に未払いが発生したとしても、すぐにカードが完全停止になるわけではない。
一定の猶予の中で処理が進む。

そのため、導入した会社側から見れば、2か月、3か月分くらいの売上については、先に入金されるような形になる。

単体で見れば、そこまで大きな話には見えないかもしれない。
だが、全体で見ると意味が変わる。

毎月一定数の不払いが発生し、しかも供給停止がすぐにはできない業界において、回収タイミングが数か月単位で前に寄る。
これが積み上がると、資金繰りの面でかなり大きなアドバンテージになる。

私はこの時、自分でも少し驚いた。

なぜなら、私はそれを売っていたはずなのに、その本質をその部長の言葉で初めて理解したからである。

こちらは「新しい仕組みです」「クレジットカード対応です」「利便性があります」というような話をしている。
だが相手は、もっと生々しいところを見ていた。

回収。
資金。
不払い。
その時間差。

つまり、買う側の方が、この仕組みの本当の価値を分かっていたのである。

営業というのは、時々こういう瞬間がある。
自分が売っているつもりのものを、相手の方が先に定義し直してしまう。
そして、その定義し直された意味の方が、ずっと正確だったりする。

この時の私は、まさにそれだった。

あとから振り返ると、この部長との対話がなければ、私はこの仕組みをずっと「便利な新サービス」くらいのレベルでしか捉えていなかったかもしれない。
だが実際には違った。

これはキャッシュフローの話だった。
インフラ企業が抱える慢性的な回収問題に対する、一つの現実的な解法だった。
しかも、単なる金融商品ではなく、毎月必ず発生する生活費を通じて、それが継続的に効いていく。

そこでようやく、F部長が見ていた景色の輪郭が、私の中でも少しはっきりした。

これはたまたま新しいから売る話ではない。
新しいから売るのではなく、現場の課題にぴったり噛み合うから広がる可能性があるのだ。

このあたりから、私の営業の仕方も少し変わった。

それまでは、どこか未来の一般論として話していた。
だが、この部長と話した後は違う。

不払いがある。
供給停止がすぐにできない。
その中で、回収タイミングが変わる。
全体で見ると資金の流れが変わる。

こちらが語る言葉が、一気に現場に寄った。

今までは、まだ存在していない未来の話をしていた。
だがここからは、相手がすでに抱えている問題に、この仕組みがどう効くのかを話せるようになった。

もちろん、それで急に全社が前のめりになったわけではない。
市場全体として見れば、まだ半信半疑のままだった。
だが、こちらの中では大きかった。

売る側が、自分の売っているものの意味をやっと理解したのである。

契約が決まった瞬間や、東京へ進出した時の方が、出来事としては派手かもしれない。
だが、実際に事業の中身が腹に落ちたのは、この時だった。

私は営業をしていた。
だが、ただ売っていたのではない。
相手の会社が何に困っているかを聞き、その言葉の中から、自分たちの仕組みの意味を逆に教えられていた。

そうやって初めて、話は少しずつ現実になっていく。

そして、その現実が形になったのは、本当にある日突然だった。

いつものように面談し、いつものように少し話して終わる。
そのつもりでいた日に、相手の口から、思ってもいなかった言葉が出てくることになる。

「これ、稟議にかけるから」

それが、最初の契約の入口だった。

第七章はこちら:第七章 稟議
(公開前の場合があります)

■ 始まりの物語

ここまで書いてきた時間のさらに前に、
自分の基礎を形づくった時期があります。

大学時代、ラグビーに向き合っていた頃の記録です。
当時はただ目の前に取り組んでいただけでしたが、
今振り返れば今へ続く一本の線の上にあった出来事のようにも感じます。

興味を持っていただけた方がいれば、
その始まりの時間にも触れていただければ幸いです。


この記事を書いている人はこんな人

・・・というのがわかるような書籍を出版しています。

大学の頃に経験したラグビーと、その後留学して取得したMBA にまつわる話をまとめた書籍です。このnote でも「小麦譚」というシリーズ(マガジンでまとまっています)で無料で見れる部分がありますので、是非読んでみてください。
難しい話や専門的な内容はほとんどありません。
むしろ、
「なんでこんなに無理してたんだろう」
と後から振り返るような、そんな話が多めです。
ダイエットの話をここまで読んでくださった方なら、
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