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女一人旅✖️ 奈良ホテルという「時間の置き場所」— 最後の日が近づいて、在り方を思い出す —


※ここで言う「女一人旅」は、同行者の有無ではなく、ひとりの視線で、場所と向き合うという意味で使っています😊


明日1月4日、奈良ホテルは大規模リニューアルに入る。
今日は、その前の最後の営業日だ。

訪れたのは元旦。

うちの家族は、春日大社に初詣をしたあと奈良を散歩し、
最後に奈良ホテルのティーラウンジでお茶を飲んで暖をとる、というのが恒例だ。

特別なことをするわけではない。ただ歩いて、冷えた体を温めて、帰る。
今年も、いつもと変わらない流れでここを訪れた。
それでも、胸の奥に残る感触は少し違っていた。
大規模リニューアルのことを、すでに知っていたから。

建物は外から見ると、凛として静かな佇まいだ。
長い時間をまとっているのに、威圧感はない。
けれど一歩中に入ると、その印象は少し変わる。

ロビーは思いのほか賑やかだった。
年始ということもあるかもしれないが、
観光地のホテルにしては珍しく、日本人の姿が多い。

それでも、不思議と落ち着かない感じはしない。
館内をふわっと包む、柔らかく温かい照明のせいかもしれない。
白くも、眩しくもない光。
人の輪郭を少しだけ溶かしてくれるような、あの明るさ。

そしてもうひとつ、言葉にしづらいけれど確かに感じたのが、建物の湿度だった。
古いからかもしれない。
乾きすぎても、べたつきすぎてもいない。
肌にまとわりつくほどではないのに、空気に体温が留まるような感覚。
日本の家屋や寺社で感じる、あの湿り気に近い。

さらに、天井が高い。
声や足音が急がされず、空気の上の方に逃げていく余白がある。

外の「凛」と、内側の「ざわめき」。
そこに、光と湿度と高さが重なって、
奈良ホテルは独特の空気をつくっている。

私は関西在住だが、
外国人が日本文化を体験したくて日本を訪れている光景は、もう日常になっている。
電車でも、街でも、宿泊施設でも、
「日本とは何か」を外からの視線で見せられる場面が増えた。

海外に出ると、
日本のことをもっとちゃんと知らないといけない、という気持ちになる。
自分が生まれ育った場所なのに、
説明しようとすると言葉に詰まる感覚。

奈良ホテルのロビーに立っていて、
私はその感覚を思い出していた。


ここは、時間が止まっている場所ではない。
ただ、時間をいったん置いておける場所なのだと思う。

そう感じた瞬間、自然と、この建物の時間の始まりが気になった。

何もしない時間を味わいに来たはずなのに、
「この時間には価値がある」と証明したくなっている自分がいる。

私は、思っているよりずっと欲深い…。


奈良ホテルが建てられたのは1909年。
日本が近代国家として、世界に向けて自分たちの姿を示そうとしていた時代だ。

この頃の日本は、
「和か洋か」を選んでいたのではない。
どう並べ、どう共存させるかを必死に考えていた。

当時の日本では、国の顔になる建築を、限られた建築家たちが担っていた。
西洋建築を日本に根づかせた代表的な存在が、
辰野金吾だ。

東京駅や日本銀行本店を手がけたことで知られ、
その名は「近代日本の建築」を象徴するものとして今も語られている。


奈良ホテルは、辰野金吾本人の設計ではない。
ただ、彼の名を冠した設計事務所で、弟子たちによって手がけられたため、
しばしば辰野金吾の建築だと受け取られる。

実際には、奈良ホテルは、
辰野金吾の建築思想を色濃く受け継いだ系譜の中で生まれた建物だ。
それは、「誰が作ったか」よりも、
「何を残そうとしたか」が重要だった時代の建築だった、ということだと思う。

館内の照明が、今のホテルのように明るすぎないのも、
空気が過度に乾いていないのも、そして天井が必要以上に低くないのも、きっと偶然ではない。

人を主役にするための光。
時間を急がせないための湿度。
感情を落ち着かせるための高さ。

奈良ホテルは、
快適さよりも、人の呼吸に合わせることを選んできた建物なのだと思う。

実際、このホテルには
多くの海外の知識人や要人が滞在している。
彼らに見せたかったのは、追いついた日本ではなく、
日本であり続ける日本だったのではないか、と想像する。

宿泊した主な有名人(歴史上の人物含む)
科学者:
アルベルト・アインシュタイン博士
俳優・女優:チャールズ・チャップリン、オードリー・ヘップバーン(1983年に宿泊)
その他:ヘレン・ケラー女史、愛新覚羅溥儀(清朝最後の皇帝)など
オードリー・ヘップバーンが宿泊した「212号室」は特に有名で、現在も当時の趣を残しています。

だからかこの場所には、
自然と背筋が伸びるような空気がある。

騒がしくはないのに、だらしなくもならない。
誰かに強制されるわけでもなく、
人はそれぞれ、少しだけ姿勢を正す。

日本の文化は、たぶんそうやって人を整えてきた。
声を荒げず、命令もせず、
ただ空気で、振る舞いを思い出させる。

奈良ホテルは、もてなす場所である前に、
人がどう在るかを、そっと思い出させる場所だったのかもしれない。


明日から、この建物は変わる。
快適になり、今の時代に合った形へと更新されるだろう。
それはきっと、必要なことだ。

けれど、最後の日が近づいていると知ったとき、ふと立ち止まって思った。
奈良ホテルは、日本がまだ
「どう生きるか」「どう見られたいか」を
真剣に考えていた時代の、ひとつの答えだったのだと

時間を保存するのではなく、
時間を置いておくための場所。

奈良ホテルは、
確かにそんな役割を果たしてきたのだと思う。

時代に寄り添いながら生まれ変わる奈良ホテルを、また訪れるのが楽しみだ。


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