女一人旅 × 石垣ブルー ― 潜ったあとに残る、静かな自由 ―
女一人旅 #石垣島編
ダイビングは、私にとって少し特別な趣味だ。
海に潜るたびに、心の中のざわめきが静まっていく。
潮風の朝、船の上でバスタオルを身体に包むと、
まだ少し海の気配が残っている。
日常から離れるためじゃなく、
ちゃんと戻るために、私はまた潜りに行く。
本当は今週も、石垣島の海に潜る予定だった。
でも、いつも一緒に潜ってくれる人が石垣を離れていると聞いて、今回は見送ることにした。
だから今日は、前回の石垣のことを少し思い出してみようと思う。
いつものように、朝一番の飛行機に乗る。
眠気とワクワクが入り混じったまま、
だいたい9時50分に石垣空港に到着。

それからホテルに向かい、
船に乗るまでの間、港近くの「かもめ食堂」に立ち寄る。
ここに来るたびに頼むのは、決まってチキン南蛮。
衣の香ばしさと甘酸っぱいタレが、旅の始まりにぴったりで、
口に運ぶたび、「ああ、またこの場所に帰ってきたんだ」と思う。


港に向かい、午後からの船に乗って一日目のダイビングが始まる。
出発前はいつもバタバタだ。
仕事の追い込み、準備のギリギリ、そして遠足前の子どものような高揚感。
だから、ほとんど眠れず、気づけばもう船の上にいる。
潮風を浴びながら、ダイビングポイントに着くまでのわずかな時間、船の上でうとうとするのが好きだ。


船の上でタンクを背負い、器材を整えて、マスクをつける。
目の前に広がるのは、吸い込まれそうなほどの青。

バランスを取りながら立ち上がり、
「せーの」で一歩、海へ。
——ドボン。

身体全体が海に包まれる瞬間、
日常が音を立てて遠ざかっていく…。
海の中では、呼吸の音だけがやけに大きく響く。
水中に沈んでいくときの静けさ、泡の音、そして耳抜きの緊張感。
私は耳抜きが苦手で、ほんの少し恐怖が混ざる。
それでも、海の中に降りていくたびに、身体の中のスイッチが切り替わるのがわかる。
そして、その先に広がる、底知れぬ静けさ。
水面からの光がゆらゆらと降りてきて、
砂地に模様を描く。

それを眺めていると、自分も少しずつ「海の一部」になっていく気がする。
ここは、私がダイバーとしての最初の一歩を踏み出した場所。
私が初めて潜った海も、この石垣だった。
オープンウォーターも、アドバンスのライセンスも、全部ここで取った。
だから、私にとっての“海”といえば、やっぱり石垣なのだ。
他の海を知らないけれど、それでも「またここに戻ってきたい」と思わせてくれる。
そんな場所があるだけで、日常の景色が少し優しく見える。
だから、どんなに離れても、ここに戻ってくるたびに
“ただいま”と言いたくなる。
海の中では、毎回ちいさなドラマがある。
私がいちばん好きなのは、海亀。
ゆっくりと泳ぐ姿を見つけた瞬間、胸の奥がトキめく。
あんまり近づくと迷惑そうに方向を変えるので、少し離れた場所から、ただ黙って見守る。
その距離感すら、愛しい。

ウミガメが見えなくなったあと、少しだけ漂ってみる。
呼吸を整えながら、ただ水の流れに身を委ねる。
何も考えなくていい。
何かを取り戻すでもなく、何かを証明するでもなく。
ただ、“生きている”という感覚だけが全身に満ちていく。




そして、海のアイドル——カクレクマノミ。
映画『ファインディング・ニモ』のモデルにもなった、あの鮮やかなオレンジの魚だ。


かわいい見た目に反して、実はなかなかの気の強さを持っている。
イソギンチャクの隙間から、目だけをのぞかせて、こちらを警戒している。
その仕草があまりに可愛くて、ついゴープロを近づけすぎた瞬間——パクり。
勢いよく突進され、
気づけば手に小さな歯形がついていた。
痛いけど、笑ってしまった。
海の中で笑うと、マスクの中に少しだけ海水が入ってきた。

そして、“特別な出会い”。
出会えたら幸運と言われるマンタ。
夏の暑い時期はなかなか姿を見せてくれないが、
水温が少し下がり始めるころ、海の上を悠々と泳ぐ姿に出会える。
人間が岩場に身を潜めて見上げると、
巨大な影が頭上を悠々と通り過ぎていく。
その一瞬、世界が静止する。
その迫力と優雅さに、ただ見惚れるしかなかった。
まるで海が呼吸を止め、
「今を見逃すな」と言っているみたいだった。
海の中では、言葉はいらない。
ただ、出会えたという事実だけが、静かに心を満たしていく。
静かな青のなかで、
息づく命を目の前にすると、
それだけで胸の奥が熱くなる。
——海から上がったあと、船の上で私はバスタオルを身体に包むのが好きだ。
まだ少し冷たい風が、濡れた肌を撫でていく。
潮のにおい、太陽の熱、濡れた髪から落ちる海水。
すべてが生きている証のようで、
私はそのままデッキに座り、遠くの水平線を眺める。

静かな波音の向こうで、
海はもう次の冒険者を待っている。
私はまた、日常へと戻る。
けれど、髪に残る潮の香りがふと風にのるたび、
あの青の中で見た光景がよみがえる。
海の底で見上げた光、
マンタの影、ウミガメの背中。
すべてはもう過ぎた景色のはずなのに、
心のどこかでは、まだ波が揺れている。
海に潜ると、
世界の音が、まるごと消える。
心の中のざわめきも、言葉にならない感情も、
泡と一緒に浮かんでいく。
誰かのためじゃなく、自分のために呼吸する時間。
それが、海の中でしか味わえない自由だと思う。

地上に戻って、
濡れた髪のまま潮風に吹かれていると、
“何者でもない自分”に戻れる気がする。
それは、決して寂しいことじゃなくて、
むしろ心の奥が静かに満たされていくような感覚だ。
旅を重ねるたび、
「誰と行くか」よりも「どう在りたいか」を選ぶようになった。
私にとって海は、
その答えを静かに教えてくれる場所なのかもしれない。
だから、また潜りに行きたくなる。
あの青に、もう一度、還りに。
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