こづつみ【第十一話】
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『第十一話』
ザザー
波の音が聞こえてくる
潮と甘い匂い
私は縁側に腰掛け濁った夜空を眺めていた。
辺りには白い霧が立ち込めている。
ぼーっとただ空を見ていると霧を掻き乱すように床を軋ませながら誰かが近づいてきた。
「この調子だと明日は雨が降りそうだねぇ」
おばあちゃんの声がした。振り返ると白い霧にインクの滲んだような曖昧な人の形が浮かんでいる。人の形は私の方へと歩み寄り、隣に腰を下ろした。
モゾモゾと蠢き、座る場所を整えると何かを手渡すような動作をしてくる。
「喉乾くら、お茶を飲み。」
おばあちゃんの声だ。この人はおばあちゃんだ。
コップのようなものを受け取り飲む動作をする。味はしない。ただ身体の中に液体が流れ込んでくる感覚だけが残る。
コップの中身を飲み干し、後ろに手をついて背中を反らした。
風に乗って潮の香りがやってくる。磯臭さに混じって甘い香りもやってきた。どこからやってきているのだろうか。海か、外のどこかか、家の中か、それとも地面か。
香りが混じり合うのを感じながらぼーっと夜空を眺めていると、ふと、ある疑問が浮かんできた。
「そういえばなんで私は花浪っていう名前なの?」
おばあちゃんは少し考えたような素振りを見せた後、優しく言葉を紡いだ。
「浪の花という言葉があってね、白波とか塩の違った言い方なんだよ」
「塩?ぜんぜんかわいくないね」
おばあちゃんは少し困ったような顔をしている気がした。
「たしかにかわいくないねぇ。でもあなたのお父さんとお母さんが考えに考え抜いて付けてくれた名前なんだよ。」
おばあちゃんは私が何か言うのを待たずに、また口を開いた。
「塩は生きるのに絶対必要なものなんだ。花浪も誰かにとってかけがえのない存在であると思われますようにってつけた大切な名前なんだよ。」
「そうなんだ。」
「あと塩は清いものだから験担ぎもあるかもしれないねぇ。」
それに、とおばあちゃんは続ける。
「白波はいつも同じ形じゃない。その一瞬一瞬がきれいなんだ。花浪もずっと同じ形に囚われず、自由に生きてほしいんだ。同じことを続けるよりもそのほうがずっといい人生になると思うから。」
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いつの間にか家に戻っていた。
カサカサ
「塩は清いものだから」
おばあちゃんの声はまだ聞こえる。
柔らかい声に誘われて台所に足が動き始めた。
カサカサ
「塩は清いものだから」
塩の入ったプラスチック容器を手に取る。
カサカサ
サンダルを引っかけ、玄関から外に出て行く。
カサカサ
「塩は清いものだから」
地面に向けて塩をまく
カサカサ
清くないものが家に踏み入れませんように
カサカサ
この子が無事に産まれますように
カサカサ
それは、祈りのようで
カサカサ
清くないものが消えますように
それは、呪いのようで
「何してるんだ」
無表情な顔から放たれた言葉は一瞬誰の言葉かわからなかった。圭呉が立っている。
圭呉は無表情のまま手を伸ばしてきた。
「塩なんてまいたら山神さまが守ってくれなくなるだろ」
声は荒げていないが明らかに怒りが混じっている。
塩は清いものだから
そうだ塩は清いものなんだ。なんでそんなに怒っているの?
「私のおばあちゃんに塩は縁起がいいって言われたのを思い出して、寝ぼけてやっちゃったみたい。」
我ながら何て苦しい言い訳だ。そこまでいくとほとんど夢遊病じゃないか。でも塩は清いものなのだからいいじゃないか。
しかし、圭呉の反応は想像していたものとは違っていた。
ニタニタと不気味な笑みを浮かべている。
「まあまだ村に来て一年も経ってないし、仕方ないか。でも今度からは気を付けてくれよ。」
そういって物置の方へ行き、箒を取ってきた。
「できるだけ掃除しとこう」
箒を私に手渡してくる。
掃除?もしかして塩を取るの?なんで?清いものなんだからむしろ残した方がいいでしょ?
甘い匂いが漂ってくる。
いや、やっぱり圭呉の言う通りにしよう。ここで文句を言ったらまた怒られる。今いるのはこの村なのだからその決まりに合わせよう。
サッサッと音をたてながら箒で塩を集めていく。
夜空は濁っており、星はほとんど見えない。
カサカサという音はしばらく聞こえなかった。
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空っぽの方が「何か」が入りやすいんです。だから人形のような依代になりやすいものなんかは無害であるならばむしろ「何か」が入っていた方がいいんです。別の有害な「何か」が入る余地がなくなりますからね。
おっと、関係ない話をしてしまいましたね。
では気を取り直して
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