『VIVANT』のマーケティングは成功だったのか?圧倒的な作品力が覆い隠した「情報非公開」の機会損失
2026年7月26日、日曜劇場『VIVANT』の第2シーズンが始まった。
前作から物語がそのまま続く形で、第2シーズンの初回は通算第11話として放送。さらに日曜劇場としては異例となる2クール連続放送が予定されており、『VIVANT』は再び大きな注目を集めている。
これほど続編が期待されているのは、2023年に放送された第1シーズンが大きな成功を収めたからだ。
最終回の世帯視聴率は19.6%。TVerでは2023年7〜9月期の番組再生数1位となり、5,481万回再生を記録した。SNSでは毎週のように考察が盛り上がり、「別班」という言葉や赤いロゴも広く知られるようになった。
その成功要因として、しばしば挙げられるのが「情報非公開戦略」である。
『VIVANT』は放送開始まで、登場人物の役柄や詳しいストーリーをほとんど明かさなかった。何のドラマか分からない状態をつくったことで好奇心を刺激し、第1話で明らかになる壮大な世界観が驚きと口コミを生んだ。
一般的には、そのように評価されている。
しかし、続編が話題になっている今だからこそ、改めて問い直したい。
『VIVANT』は、本当に情報を隠したからヒットしたのだろうか。
視聴率の推移を見ると、むしろ逆の可能性が浮かび上がる。
『VIVANT』は情報を隠したから成功したのではない。
情報を隠したことで初回に取りこぼした視聴者を、圧倒的な作品力によって後から回収したのではないだろうか。
第1章 最終的な成功と、個別施策の成功は違う
『VIVANT』の初回世帯視聴率は11.5%だった。
第2話は11.9%、第3話は13.8%。その後は14%台を中心に推移し、最終回で19.6%に到達した。完全な右肩上がりではないものの、初回と最終回の差は8.1ポイントに及ぶ。
この推移から分かるのは、『VIVANT』が放送前の期待だけで視聴者を集めた作品ではないということだ。
実際に視聴した人の評価、SNS上の考察、報道、口コミなどが積み重なり、途中から参加する視聴者を増やしていったと考える方が自然だろう。
ここで注意しなければならないのは、最終的な成功から逆算して、実施されたすべての施策を成功要因にしてしまうことである。
優れた商品が売れたからといって、その広告が優れていたとは限らない。
広告が商品の価値を十分に伝えられなくても、実際に体験した人の評価や口コミによって、後から売上が伸びることはある。
『VIVANT』も同じかもしれない。
成功したのは作品であり、放送前マーケティングが作品のポテンシャルを最大限に引き出したとは限らないのである。
第2章 日曜劇場×堺雅人でも越えられなかった初回視聴の壁
『VIVANT』には、放送前から強大なブランド資産がそろっていた。
放送枠は、数々のヒット作を生み出してきた日曜劇場。
主演は、『半沢直樹』で社会現象を起こした堺雅人。
原作と演出を担当したのも、『半沢直樹』『下町ロケット』『陸王』などを手掛けた福澤克雄だった。
さらに阿部寛、二階堂ふみ、松坂桃李、役所広司など、主演級の俳優が集結していた。
それでも、初回視聴率は11.5%だった。
直前の日曜劇場『ラストマン―全盲の捜査官―』は、「全盲のFBI捜査官と日本の刑事によるバディドラマ」という作品内容を放送前から明確に伝え、初回14.7%を記録している。
もちろん、二つの作品を単純に比較することはできない。
放送時期、裏番組、放送時間、出演者、視聴環境など、視聴率に影響する要因は複数ある。また、情報を公開した別の『VIVANT』は存在しないため、情報非公開が初回11.5%の直接的な原因だったと証明することもできない。
それでも、日曜劇場、堺雅人、福澤克雄、豪華キャストという強大な資産を使いながら、直前作より3.2ポイント低かったという事実は無視できない。
日曜劇場×堺雅人という組み合わせは、『半沢直樹』によって形成された記憶を呼び起こし、作品への注目や一定の信用をつくったはずだ。
しかし、その強大な既存資産をもってしても、何の作品か分からないことによって生じる初回視聴の壁を、十分には越えられなかった可能性がある。
第3章 認知されていた。しかし、見る理由が分からなかった
アレンバーグ=バス研究所では、ブランドが選ばれるためには、単に知られているだけでなく、購入や利用の場面で思い出されやすいことが重要だとされている。
その思い出すきっかけが、カテゴリーエントリーポイント、CEPである。
ドラマでいえば、
「本格的なスパイ作品を見たい」
「謎を考察しながら楽しみたい」
「映画のようなスケールの作品を見たい」
といった視聴理由がCEPにあたる。
第1シーズンの『VIVANT』には、作品を識別する手掛かりは豊富にあった。
堺雅人が主演する。日曜劇場で放送される。福澤克雄が手掛ける。海外で大規模な撮影が行われている。
しかし、役柄やストーリーを明かさなかったため、「どのような需要に応える作品なのか」が分からなかった。
力の入った作品であることは伝わる。一方、自分が好きなジャンルなのか、なぜ初回から見るべきなのかは分からない。
つまり、第1シーズンの『VIVANT』は認知されていなかったのではない。
認知されていたが、見る理由が十分に形成されていなかったのである。
この仮説を補強するのが、第2シーズン初回の世帯視聴率18.8%だ。
第1シーズン初回の11.5%から、7.3ポイント上昇した。日曜劇場、堺雅人、福澤克雄という主要な要素は変わっていない。大きく変わったのは、視聴者が『VIVANT』を何の作品か理解していることである。第1シーズンの初回11.5%は、事前情報をほとんど明かさない中でのスタートだった。
第2シーズンでは、すでに作品名と、
「別班の活躍を見たい」
「乃木憂助の物語の続きを知りたい」
「国家規模のサスペンスを楽しみたい」
という視聴理由が結びついている。
もちろん、二つの数字の差をすべて情報非公開の影響に帰すことはできない。第2シーズンには、前作の視聴者基盤や続編への期待という有利な条件もある。
それでも、強大な既存資産がありながら、内容の分からなかった第1シーズンは11.5%。作品の価値と視聴理由が理解された第2シーズンは18.8%だった。
この比較は、ブランドを知っていることと、選ぶ理由が思い浮かぶことは違うという仮説を、より鮮明にしている。
第4章 作品そのものが、マーケティングの取りこぼしを回収した
状況が変わったのは、第1話が放送された後である。
中央アジアの広大な風景、巨額の誤送金、公安の追跡、主人公のもう一つの人格、国家規模へと広がっていく物語。
放送前には伏せられていた作品の価値が、初めて視聴者に伝わった。
視聴者からは「想像以上のスケール感」「先が読めない」「映画を見ているようだ」といった反応が寄せられ、第1話の放送後から作品内容そのものがニュースになっていった。
つまり、初回放送が最大の広告になったのである。
放送後には、
「映画級の大型ドラマを見たい」
「別班の正体を知りたい」
「伏線を考察したい」
「話題の作品についていきたい」
という複数のCEPが形成された。
同時に、赤いロゴ、砂漠、ドラム、「別班」「テント」といった『VIVANT』固有の記憶の手掛かりも蓄積されていった。
さらにTVerがあったことで、放送後に話題を知った人も第1話から追いつくことができた。2023年7〜9月期のTVer再生数は5,481万回となり、全配信番組の中で1位を記録した。
情報非公開は、初回視聴のハードルを高めた一方で、視聴した人に大きな驚きを与え、放送後の話題化を強めた可能性もある。
したがって、完全な失敗だったと断定することもできない。
しかし、構造としては、
初回の獲得効率を犠牲にして、視聴後の驚きと拡散力を高めた
というトレードオフだった可能性が高い。
そして『VIVANT』には、その取りこぼしを回収できるだけの圧倒的な作品力と、途中参加を可能にする配信環境があった。
マーケティングが商品のポテンシャルを引き出したというより、商品のポテンシャルが、マーケティングによる初期の機会損失を後から回収したのである。
第5章 マーケターが『VIVANT』から抽出すべきエッセンス
『VIVANT』から学ぶべきことは、「情報を隠せば話題になる」ではない。
第一に、最終的な成功と、個別施策の成功を混同してはいけない。
商品が売れたからといって、広告、価格、流通、ターゲティングのすべてが正しかったわけではない。
強い商品は、弱いマーケティングを成功に見せることがある。
成功事例を分析するときは、「何をしたから成功したか」だけではなく、「何をしなくても成功できるほど商品が強くなかったか」を見なければならない。
第二に、認知を獲得するだけでは不十分である。
重要なのは、生活者の中にある具体的な需要や利用場面と、商品を結びつけることだ。
『VIVANT』は、日曜劇場×堺雅人によって多くの人に存在を知られていた。
しかし、どのようなときに、何を期待して見る作品なのかが分からなければ、視聴行動には転換されにくい。
マーケターが伝えるべきなのは、商品の存在だけではない。
その商品を選ぶ理由である。
第三に、驚きと初回獲得はトレードオフになる。
情報を隠せば、体験した瞬間の驚きは大きくなる。しかし、体験する前の不安も大きくなる。
多くの商品には、『VIVANT』のように一度離脱した人が戻ってくる機会はない。
初回で選ばれなければ、商品の良さを知ってもらうことすらできない。
だからマーケターが考えるべきなのは、「どこまで情報を隠せば話題になるか」ではない。
価値を伝えながら、どこまで答えを隠せるかである。
物語の結末を隠すことと、見る理由まで隠すことは違う。
『VIVANT』はマーケティングによってヒットしたのではない。
情報非公開によって初回視聴のポテンシャルを活かしきれなかった可能性を、圧倒的な作品力と放送後の拡散、そしてTVerによる参加しやすさで覆した。
成功事例から本当に学ぶためには、成功した理由だけを探してはいけない。
その成功が、どのような機会損失を覆い隠しているのかまで見なければならないのである。
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参考URL
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202607260002543.html
