情報で捉える生物学入門#最終回【動物行動学】
生物学の謎は4つの観点から答えることが出来る。それは、物理的要因、発生的要因、歴史的要因、適応的要因であり、「ティンバーゲンの4つのなぜ」と呼ばれている。ティンバーゲンは動物行動学者であり、この枠組みも動物行動を説明するために提唱された。本連載の最後は生物学の中でも複雑性で満ちている動物行動学を扱う。
本能行動と学習による行動
動物の行動は遺伝的に規定された生得的な(本能)行動と、学習によって獲得される後天的な行動に分けられる。生得的行動は種が幾度となく遭遇する環境からの刺激に対して、進化の過程を通して形成されるものである。先述のティンバーゲンは特定の生物において鍵刺激と名付けた刺激が、種に特異的で固定的な本能行動を誘発することを発見した。例えば魚のオスのイトヨは、赤い下腹部をなわばりに侵入した他のオスであることを示す鍵刺激と捉えて攻撃する生得的行動を進化させている。
一方で、生得的行動だけでは変化する環境に順応して生き延びることはできない。動物は学習を行うことで、環境に柔軟に対応して行動を変容することが出来る。複数の刺激や出来事が繰り返し経験されることで、それらの間の関連性を学習するプロセスを連合学習といい、これにより生物は環境内の因果関係や予測可能性を学ぶことが可能になる。
連合学習の代表例として、古典的条件付けとオペラント条件付けがあげられる。古典的条件付けは、特定の刺激が報酬などの無条件刺激と同時(または直前)に繰り返し提示されることで条件刺激となり、無条件刺激と同様の条件反応を引き起こすようになる学習である。イワン・パブロフはベルの音(条件刺激)と食べ物(無条件刺激)が繰り返し提示されることで、最初は特に反応を起こさなかったベルの音に対しても唾液を分泌するようになるという実験から古典的条件付けの概念を提唱した。オペラント条件付けは、特定の自発的行動が、その結果として報酬や罰をもたらすことで、その行動の頻度を増加させたり減少させたりする学習である。
連合学習のシミュレーション
ここでは、Rescorla-Wagner (RW) モデルを例に、動物の学習のシミュレーションによる行動のモデル化を行ってみよう。Rescorla-Wagner (RW) モデルは、条件付け学習の基礎理論であり、刺激感の連合強度の変化を数理的に記述する。RWモデルでは、刺激と報酬の結びつきの強さである連合強度Vが試行ごとに以下の更新式で更新される。
$$
\begin{array}{}V_{t+1}&=&V_t+ΔV \\\
ΔV&=&αβ(λ-V)\end{array} \\\
ΔV:連合強度の変化量 \\\
α:条件刺激の感受性パラメーター \\\
β:無条件刺激の強さ \\\
λ:報酬の期待値 \\\
V:試行時点での連合強度
$$
ここでは、実際の報酬強度λと現在の報酬の予測値Vの差(予測誤差)に比例して学習が進行すると仮定されている。実験的にも予測誤差と相関する活動が哺乳類の中脳ドーパミン神経の活動に見つかり、動物がこの理論モデルのように予測誤差を用いた学習を行っていると考えられている。
実際にGoogle Colabで走らせることが出来るシミュレーションコードが以下のものである。前半半分の試行では条件刺激の際に9割報酬がもらえるが、後半半分の試行では1割でしかもらえないというタスク設定である。試行を経るにしたがって連合強度(価値)が報酬確率の0.9に近づいていっていき、後半報酬確率の0.1まで下がっていく様子をシミュレーションできている。
!pip install japanize-matplotlib
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
import japanize_matplotlib
# パラメータ設定
T = 50 # 試行数
alpha = 0.1 # 学習率 (条件刺激の感受性)
beta = 1.0 # 報酬の感受性
lambda_ = 1.0 # 報酬の最大強度
# 初期化
V = np.zeros(T) # 連合強度の初期値
rewards = np.zeros(T) # 報酬記録用
# RWモデルの更新ループ
for t in range(T - 1):
# 報酬確率の設定
prob = 0.9 if t < T // 2 else 0.1
reward = lambda_ if np.random.rand() < prob else 0
rewards[t] = reward # 報酬の記録
V[t + 1] = V[t] + alpha * beta * (reward - V[t])
# 結果のプロット
plt.figure(figsize=(10, 6))
# 連合強度のプロット
plt.plot(range(1, T + 1), V, label='連合強度 V', color='blue', linewidth=2)
# 報酬がもらえたタイミングの赤三角をプロット
reward_indices = np.where(rewards > 0)[0] + 1 # 報酬があった試行番号
plt.scatter(reward_indices, [1.1] * len(reward_indices), color='red', marker='v', label='報酬タイミング')
# 消去学習の開始ライン
plt.axvline(x=T // 2, color='red', linestyle='--', label='報酬確率変更')
# 軸ラベルとタイトル
plt.xlabel('試行', fontsize=14)
plt.ylabel('連合強度 V', fontsize=14)
plt.title('Rescorla-Wagnerモデルのシミュレーション', fontsize=16)
plt.legend(fontsize=12)
plt.grid()
plt.show()
ここまで動物行動を本能と学習の2つに分けて解説してきた。これは生物の表現型を説明するのが遺伝的要因か、生後の環境・経験によるものなのかという、「氏か育ちか」の議論に帰着できる。
実際の動物行動は、他の生物の表現型と同様、大半が遺伝的要因と学習(とランダムな過程)の組み合わせで決まっていると考えてよいだろう。例えば、コンラート・ローレンツによって発見された刷り込みは、生後特定の臨界期の間のみ特定の刺激・対象に対して強い行動的・認知的な結びつきが形成される現象である。これは、非常に少ないデータで新しい連合を学習しているという点で機械学習の分野におけるワンショットラーニングの強力な例といえるだろう。(例えば、ガチョウの雛は、生後最初に見た動く物体を生涯にわたって親と認識し、追いかけるという行動を示す。よって、たとえ最初に見た動物がヒトであってもそれを親として追いかけてしまい、修正は困難である。)刷り込みという現象は特定の臨界期は遺伝的に決定されているが、追従する対象は学習によって決まるものであり、遺伝的要因と学習の2面性を持っているということが出来るだろう。
動物行動の多様性
動物行動はその複雑性も1つの特徴である。カール・フォン・フリッシュが発見したミツバチの8の字ダンスは、働きバチが採餌活動で発見した食料源の位置情報を巣の仲間に伝えるために行われるダンス行動である。働きバチは8の字を描くように動き、直線部分では体を振動させながら進む。食料源の方向、距離、質の情報をダンスの直線部分の鉛直下向きに対する角度、体を振動させる時間、ダンスの活発さでそれぞれ伝える。小さな脳しか持たないミツバチがこのような複雑な情報を表現できることも驚異的だが、それを受容して理解できることもまた驚きである。動物のそれぞれの種の感覚器は生存に重要な感覚刺激を精度よく受容できるように進化しており、動物の知覚は種特有の環世界を保持しているとも表現される。
動物行動は情報を一方的に伝達するのみならず、生物個体の相互作用による双方向の情報伝達を伴うという意味でも複雑である。個体間相互作用がある状況で進化の過程で最適戦略がどのように変化するかをモデル化する手法に、経済学に着想を得た進化ゲーム理論がある。進化ゲーム理論は従来の功利的な意思決定が仮定されるゲーム理論とは異なり、遺伝や学習を通して戦略が進化し、個体が採用する戦略と、その戦略が環境や他の個体の戦略と相互作用することで得られる利益に基づき適応度が定義される。資源を巡る「攻撃的戦略(タカ)」と「非攻撃的戦略(ハト)」の競争をモデル化した「タカハトゲーム」が有名である。
利他的行動はなぜ生じるのか?
本連載では、遺伝子が自身のコピー数を増やすことで生物の進化が起きるとする、リチャード・ドーキンスの提唱した「利己的な遺伝子」の概念を繰り返し引用した。一方で、ハチなどの社会性昆虫は自ら繁殖はしないが女王バチの繁殖を助けることが知られており、ライオンなどの哺乳類でも群れ内の子を共同で育てる場合があることが知られている。このような社会性動物の利他的な行動は種や集団の存続のために動物が行動している遺伝子単位の進化の記述の反例のように思える。生物個体の利他的な行動を利己的な遺伝子から説明できるのだろうか?
血縁淘汰は、利他的な行動が血縁者を助けることで間接的に遺伝子を次世代に伝えることに寄与するため進化しうるという答えを与えた。実際にハチでは娘との血縁度よりも姉妹での血縁度のほうが高いため、不妊の働きバチが姉妹を育てると考えられている。
では血縁淘汰の理論に踏み込んでいこう。ハミルトンの法則では、利他的行動が進化する条件を以下の式で記述する。
$$
rB>C \\\
r:行動する個体と受益者の間の血縁度(遺伝子共有率)。\\\
親子間や両親を共有する兄弟間では0.5、祖父母と孫では0.25。\\\
B:行動による受益者の適応度の増加(利益)。\\\
C:行動による行動者自身の適応度の減少(コスト)。
$$
これは、利益Bと血縁度rをかけ合わせた値がコストCを上回る場合、その利他的行動は進化的に有利ということを示している。また、ここでの適応度は、直接的な繁殖(直接適応度)と血縁者の繁殖への寄与(間接適応度)の和である包括適応度として定義される。
$$
包括適応度=直接適応度+間接適応度
$$
ミツバチは半倍数体生殖であり、メスは父親の染色体をすべて受け継ぎ、母親からは2倍体の染色体の片方が受け継がれる。働きバチが子を産んだ場合、その子との血縁係数rは0.5だが、姉妹とのrは0.75となり、女王バチの子を増やすことが自分の子を産むよりも自身の遺伝子を効率よく次世代に伝える戦略となる。
脳は何ビット処理できるか?
今回は動物の行動について扱った。生物の情報処理機械の中でも最も高度に発達し、進化の最高傑作といえるものが脳であり、動物の情報処理の出力が行動である。最後に議論したい疑問は、脳は何ビットの情報処理をできるかという問題である。ここでは、僕自身の研究分野にも近いマウスをモデル生物として用いた行動実験を例に考えてみたい。
マウスの意思決定課題として近年よく用いられる課題が、刺激に基づき2つの選択肢から正しい選択肢を選ぶ(2AFC)という課題である。例えば、画面上の光が左側に現れた際にはホイールを右へ回転させるといったような課題だ。

これは、とても簡単な課題に見え、実際にここで絡む情報処理は右を選ぶか左を選ぶかというたったの1bitである。しかし、実際にこのようなタスクをマウスに学習させようとすると驚くほど時間がかかり、学習曲線が飽和するまでに数週間、約5000回水を与える必要がある。これは1(bit/月)、1/10000(bit/報酬)という学習率で、マウスは頭が悪い、などとよく言われる。
しかし、何か変だとは思わないだろうか?マウスの1ヶ月は、生まれてから大人になるような時間スケールである。その間に1bitしか学習できなければ、間違いなく自然界で食べられているか飢え死にしているだろう。
一方で、マウスは複雑な迷路を解くことができると知られている。論文で発表された迷路では、1時間のうちに、来た道の他に3つに分かれた十字路を6つ越えなければならない道を覚えるそうだ。これは$${6\times\log_2 3\simeq9.5}$$ bitの情報処理が必要なので、10(bit/時間)、または1(bit/報酬)の学習が可能なのである。2AFCタスクと比べると1000倍のオーダーで効率が良い学習である。マウスの頭が悪いのではなく、古典的な課題では僕たちがマウスの脳の可能性を最大限に引き出せていなかったのである。
これは極端な例だが、実験動物に2AFCのような統制されたタスクを行わせるべきか、迷路のような自然な行動をとらせるべきか、というシステム神経科学で最近活発な議論につながっている。おそらく2AFCのようなタスクは、ヒトで言うなら嗅いだこともない匂いの混ぜ合わせを判断し、出したことのない声で出力せよ、といわれているようなものなのだろう。(もちろんタスクのパラメーターを制御してその神経相関を詳しく調べられるなどの利点もある。)どちらも一長一短のため個人的にはどちらの研究も必要(多様な視点からの研究が大事)だと思うのだが、情報というレンズを通すと研究を一歩引いた視点から俯瞰できることが分かっていただけるのではないかと思う。
参考文献
https://kkatahira.github.io/cmbd-book/
https://www.science.org/doi/10.1126/science.275.5306.1593
https://elifesciences.org/articles/66175
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生物学の謎はティンバーゲンの4つのなぜで説明され、動物行動は本能と学習に分かれる。連合学習は環境の因果関係を学ぶ仕組みで、Rescorla-Wagnerモデル で数理的に記述でき、ミツバチの利他的行動は血縁淘汰 によって進化した。動物行動は個体間の相互作用で進化し、マウスの学習効率の違いから、神経科学の実験設計の重要性が示唆される。
サムネイル画像はDALL-Eにより生成
