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髪の毛から街宣車へ。ハードすぎたクレーム対応の一夜

「お前じゃ話にならない。社長を連れてこい」

目の前で憔悴しきった店長が、そう言われたと繰り返すのを聞きながら、私はこれから自分がどこに向かうことになるのか、まだよく分かっていませんでした。

コーヒーの世界に入る前、私はファーストフードチェーンの本社で「お客様相談室」というクレーム対応専門の部署に籍を置いていました。以前、この会社を創業した社長のことをnoteに書いたことがありますが、今日はその会社に在籍していた頃、ややハードだった一夜の話をします。

スペシャルティコーヒーのカフェやロースターで働く方が読者の多くを占めていると思うので、あまりイメージが湧かないかもしれません。ですが、ファーストフード店やファミリーレストランのクレーム対応というのは、立地や周辺環境にもよりますが、カフェとは比べものにならないほど客層の幅が広く、結果的に対応がハードになってしまうことが少なくないのです。


5時間、拉致されていた店長

20年以上前のある日、本社で待機していると、あるお店のアルバイトから電話がかかってきました。お客様の弁当に髪の毛が入っていて、謝罪に向かった店長がしばらく戻ってこないというのです。

今のようにGoogleマップもなければ、ウェブで事前に情報を集められる時代でもありません。仕方なく、私は車でお客様のご自宅に向かうことになりました。訪問の途中で店長が戻ってくるだろうと思っていたのですが、一向にその気配がありません。

現地に着いて分かったのは、そのお宅の前に真っ黒い街宣車が数台停まっているということでした。どんな家かは、あえて多くを語りません。とにかく、いかついお宅だったのです。

家の前でどうしようかと考えていたところ、ちょうどその中から店長が出てきました。実に5時間近く、軟禁されるような形で足止めされていたのです。

憔悴しきった彼に「大丈夫だった?どうだったの」と聞くと、彼はこう言いました。

「お前じゃ話にならないから、責任者を連れてこいと言われました。社長を連れてこいと」

そしてもう一度、「絶対に社長を連れてこい。連れてこないと許さない」と念を押されたそうです。
彼は続けて言います「阪本さん、社長に連絡してください!ぼく、殺されます!!お願いします!」

もちろん、社長を連れて行くわけにはいきません。ここは私が行くしかないのです。「大丈夫だから、とにかくお店に戻ってろ」とだけ伝え、彼をそのまま帰らせました。

お宅を訪問する前に、私は本社に電話を入れました。部下の社員にこう告げます。「今からお客様のお宅に入るが、もし2時間経っても連絡がなかったら、110番して警察に連絡してくれ」と。準備といえるのは、それくらいしかありませんでした。あと念のため、途中でケーキを買いましたが、こいつの出番はなさそうです・・・。

大きな和テイストの屋敷、立ち並ぶ街宣車、門には監視カメラ。
「先ほど訪問した店長の上司です」と名乗り、私はお宅の中に入らせてもらいました。


結果的に奇策

当時の風景を思い出してみました

上の人間が出てきたということで、先方も幾分落ち着いていた様子でした。とにかく髪の毛の件を謝るしかない、それ以外に対策が思いつかない、そう思っていたのですが、話を聞いていくと、店長の対応がまったくなっていなかったことが分かりました。

社長を名乗るその50代くらいの男性が「こんなひどい牛丼を出してどうしてくれるんだ」と問い詰めたところ、店長は「謝ることしかできません。とにかくお金は払ってはいけないと会社から言われているんです、ごめんなさい」と答えたというのです。1つもお金の話しなどしていないのに、です。

どこから突っ込んでいいのか分からないほど、どうしようもない対応でした。私はひたすらお詫びするしかありません。(ちなみにこういうのを2次クレームといいます)

なんかお詫びしながら自分でもだんだんと腹がたってきました。
なんであいつのアホな対応で俺は数時間もかけて運転し、お詫びしないといけないのかと。彼の上司はいったい何を教えてきたのかと。
運転の疲れ、準備に準備を重ねた労力、、、私も我慢の限界だったのでしょう、だんだんと腹が立ってきて、つい本音が口を出てしまいました。

「本当に心の底からあいつのことを許せないので、厳しく再教育します。……いえ、ちょっと待ってください。やっぱりあいつをここにもう1度連れてきます。もうここで、社長さんの気が済むまで殴り倒します。それで収めてください。私も、彼を許せません。」

相手は驚いた顔で、すかさず返してきました。

「おいおい、ちょっと待て待て待て。そんな、部下を殴ったりしちゃいけないだろう。落ち着けよ」

今度は私が、相手に冷静になるよう促される番が回ってきたのです。

クレーム対応の現場では、相手より先に激高してみせることで、相手を我に返らせるという逆説が働くことがあります。もちろん万人に効く手ではありませんし、なんなら今回は意図してやったことではありませんでしたが、この夜はそれが功を奏しました。

その後、私たちは少し落ち着いて、お互いがなぜ今の仕事をして、今この場にいるのかを、ゆっくり話したりしました。その頃には、膝を崩すよう言われ、お茶も出していただきました。

(そうだ、2時間経つと本社の部下が警察に電話してしまう)
そのことを思い出して、1時間45分あたりからクロージングに入りました。話の中で小さな娘さんがいることが分かったので、「娘さんにぜひ!」と言って手に持っていたケーキをお渡しして、家を出ることにしました。
ケーキ、役にたった。。


菓子折りは、仲直りできた時にしか渡してはいけない

こうした「菓子折り」を相手に渡すタイミングについて、私には口を酸っぱくして叩き込まれた恩師の教えがあります。

菓子折りは、相手との仲が修復されたり、良い方向に向かったりしたときにしか渡してはいけない。

関係性が気まずいまま、まったく信用されていない状態で菓子折りを渡しても、それをきっかけに仲が修復されることなどありえないからです。かえって「ふざけるな」「舐めるな」「こんなもので済まそうとするな」と、火に油を注ぐ結果になります。

あの夜、私が最後にケーキを渡せたのは、2時間近い対話の末に、お互いの間に多少なりとも人としての信頼が生まれていたからだと思っています。

無事に家を出て、そこからさらに車で数時間。本社に戻って報告書を書き終える頃には、事件が発覚してから10時間ほどが経っていました。
店長をこらしめるために店によるのを忘れましたが、もうどうでも良くなっていました。日付はとっくに変わっていたので、私は顔だけ洗って、そのまま翌日の仕事に入りました。

よくよく考えると完徹です。若いって素晴らしい。体力お化けです。こんなことができていたなと、こうして過去の体験を綴っていると、あらためて思い出します。


カスハラという言葉がなかった時代

最近は「カスハラ」という言葉ができ、演歌歌手の三波春夫が生んだとされる「お客様は神様です」という言葉も、以前ほど使われなくなりました。お客様自身にも自制の心を持ってもらい、行き過ぎた対応を求めないよう、世の中の空気そのものが変わってきています。

もし今、しんどいクレーム対応をしなければならない場面に立たされている方がいたら、こんな夜があったことを、少しだけ思い出してみてください。

どうしても困ったら、悩んでいないで質問箱にどうぞ。
心をすり減らして、コーヒーの仕事が嫌いになる前に。


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Yoshiharu Sakamoto
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