戦争と秋刀魚と平和
中秋の名月のころ、父の用事に付き添って車で出かけたら、帰りにシャトレーゼ(ケーキ屋さん)に行ってくれと言われました
何やら、手土産を持って伯母の家に行くつもりのようです
伯母の家は車じゃないと行きにくいところなので、寄ること自体はやぶさかではないのですが、私が聞くまでそのことを黙っている父は、不思議です
そして、伯母たちにも何の連絡もしていないとのことで、アポ無しで生菓子を買っていく神経にも驚かされます
父は、大きなミルクレープを指さして「これが食べたい」と言って、同じ物を5つ頼もうとしたので、父の分を除いて、ハロウィン仕様のカボチャのプリンを2つと、お月見仕様のウサギのカップケーキを2つに、変更しました
(96歳の伯母の家の近くに、92歳の伯母とその息子(従兄)も住んでいる)
96歳の伯母は、庭で草むしりをしていました
私たちは玄関を使わずに、裏口から庭に入り、窓から家に入りました
近所に住む92歳の伯母に電話をしたら、まもなくして彼女も、玄関を使わずに庭から入ってきました
ウサギとカボチャの可愛らしさに一通り盛り上がったあと、年寄り同士の近況報告会が始まり、その後はもっぱら政治の話になります
伯母たちは、毎日、新聞三紙に目を通す情報通なのですが、生粋の共産党支持者でもあるので、高市さんのことが大嫌いです
高市さんが総裁になったら、平和憲法を廃止し、核武装をして、侵略戦争をおっぱじめることになると思っています(どこまで本気に思っているのかは謎)
私が「そんな事にはならないから安心しなよ」と言っても、日本がまた戦争に突入してしまうことが、とても怖いようです
いったい赤旗にはどんなことが書いてあるのか少し気になります
96歳の伯母は、先の戦争で軍国少女となり、一点の曇もなく国にお慕いしたことに対する贖罪の念に、今も苦しめられています
92歳の伯母は、そんな姉を見て「私たちは無知で洗脳されていただけ、悪いのはすべて政府なのよ」と言います
「無知なのがいけなかったの」と姉が言い、姉妹喧嘩のようになるのはいつものことです
そんな彼女たちは、イスラエルの虐殺を傍観することしかできないことに日々心を痛め、日本が保守政権になることに、恐れを感じています
私はそれを見て、もはやイデオロギーや理論の話ではないように思いました
お化けを怖がる人に対して、そんなのは非科学的だから怖がらなくて大丈夫だよと言っても、怖いものは怖いのです
突然、父のスマホから通知音が鳴りました
スマホを見た父は、自民党総裁が高市さんに決定したことを、声高らかに皆に告げます
「いつも余計なことしかしない人」
そんなことを、生前母がよく言っていたことを思い出しました
つい先日に、兄弟(私の伯父)を亡くしたばかりの老人衆は、高市さんの総裁決定のニュースを知って「悪いことばかりが続いて何も希望がないわ」「長生きなんてするものじゃないわね」と嘆き、まるでお通夜のような、どんよりとした雰囲気にのまれてしまいました
そのため「今日の晩御飯、みんなで食べない?この前に約束したし、何でも作るからリクエストしてよ」と私が声を掛けると、まるでフラッシュモブが始まったかのように雰囲気が一転しました
「秋刀魚!秋刀魚が食べたいわ!今朝の新聞にでてたのよ、今年は豊漁なんだってね」
「あとカボチャがあるの、あれ使ってちょうだいな」
「お父さんも秋刀魚は好きだなぁ」
「じゃぁ、息子(従兄)も呼んでくるわね」
おい…
とりあえず、お米をといでカボチャを煮ることにしました
キッチンは綺麗で、包丁もよく切れます
あたり前の調味料が、あたり前に並んでいて、96歳の一人暮らしなのに、普段から料理をしていることが伺えます
酒とみりんと醤油と砂糖を同じ分量入れ、適量の水を加えてひと煮立ちさせたら、弱火にして落とし蓋をします
歩いてすぐの距離にあるスーパーに秋刀魚を求めに行きます
「ついでに何か買ってくるものはない?」と聞くと「秋刀魚が食べられればそれで十分よ」とのこと(いまいち返事になっていないがスルーする)
焼けた秋刀魚の横に、大根おろしとカボスを添えます
小鉢に敷いた大葉の上に、一緒に買ってきたネギトロを盛って、細かく刻んだネギを散らす
湯がいたほうれん草を固く絞って鰹節をまぶし、粗熱のとれたカボチャは崩れないように丁寧に盛り付けました
どこぞのパン祭りで貰ってきたような淡白な白いお皿ではなく、不揃いだけれど、それぞれに趣があり、手仕事を感じる食器が戸棚にならんでいたので、景気よく総動員しました
調理らしいことは何もしていないのですが、たくさんのお皿がテーブルを埋め尽くし、大人数で食卓を囲うことがすでに愉しいようで、みんなご機嫌です
味噌汁の評判もとてもよく、いったい何の出汁をとっているのかと聞かれました
「出汁はとってないよ、皆で食べてるから美味しく感じるんじゃない」と答えたら、驚きながら笑っていました
なお、従兄はとてもやさしくて、クラシック音楽にメチャクチャ詳しくて、私がとても慕っている人です しかし、普通の社会生活とか、手際よく料理をするようなことが苦手です
私は、彼が障碍者手帳を持っていることを最近まで知らなかったのですが、いったい何の障害があるのかは今でも見当がついていません
言われてみれば、動作が少しゆっくりだったり、いつもニコニコしていて怒る気配が感じられないところが、他の人と違っているかもしれませんが、それは彼の魅力だと思っていました
そんな従兄と、会話をしながら一緒に食器を洗って戸棚に戻しました
何が言いたいのかまとまりのない記事になってしまいましたが
要するに、とても幸福な時間を過ごすことが出来ました
まるで仲のいい親族に見えるかもしれませんが、私は伯母たちに10年くらい会っていませんでしたし、ここ30年で会った回数も数える程です
私が妻や息子から拒絶され家を追い出され、実家に転がり込んでから3か月がたつのですが、それ以降は、なんだかんだと用事があったりして、2週間に1度くらいの頻度で伯母たちに会っています
私が行くことを歓迎し、喜んでくれるのがとても嬉しいです
もちろん、伯母たちは私が家を追い出されたことを心配し、案じてくれているのですが、そうやって私のことを気に留めてくれる人がいること自体をありがたく思っています
もしも私に心の平和が訪れて、自分の家に帰れるようになったとしても、時々は伯母たちを訪ねに遊びに行きたいと思っています
最後まで読んでいただきありがとうございました
