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熊本地震が医療・福祉施設に残した教訓[2-2]

“繰り返される課題”から、自施設のBCPを問い直す

熊本地震から10年が経とうとしています。

この災害を振り返るとき、特徴としてまず押さえておく必要があるのが「前震・本震という連続地震動」です。

熊本地震では、わずか3日間のうちに最大震度7の激震が2回発生し、震度6以上の余震も5回記録されました。一度大きな揺れが収まった後に、それを超える規模の地震が再び襲ってくるという構造は、従来のBCPが前提としていた「単発の災害像」を大きく揺さぶるものでした。

この”連続性”は、意思決定と判断の難易度を一段引き上げます。

ここでは、熊本地震で医療・福祉施設に現れた課題を整理しながら、東日本大震災との連続性も踏まえて考えていきます。


病院避難という選択と、その難しさ

熊本地震の医療面での最大の特徴は、外傷患者の対応というより、連続する地震によって「病院避難」そのものが繰り返し発生したことでした。

DMAT・国立病院災害医療センターの報告によれば、全国から約2,000名のDMATが参集し、1,500名を超える病院避難搬送が行われました。実際に病院避難を強いられた施設は10カ所にのぼり、その大半は耐震性やインフラの問題が避難の直接原因となっています。

報告書は、東日本大震災では岩手県・宮城県で少なくとも138人の「防ぎ得た災害死」があり、その約半数はBCPがあり、それを遵守していれば防げた可能性があったと指摘しています。しかし熊本地震の時点でも、災害拠点病院でさえBCPを持っていたのは約3割にとどまっていました。

籠城を強いられる可能性を考えれば、すべての病院がBCPを持つべきだという指摘は、5年前の教訓がまだ十分に活かされていなかったことを示しています。

あなたの施設のBCPは、“いつか使うかもしれない書類”ではなく、実際に機能する設計になっているでしょうか。


「指定していたのに開かなかった」福祉避難所

最も重大な課題の一つが、福祉避難所が制度としては存在していたにもかかわらず、実際にはほとんど機能しなかったことです。

特に被害が大きかった益城町では、発災前に5カ所の福祉避難所を指定し公表していましたが、発災直後はほぼ開設できませんでした。その理由として、施設自体が被災したこと、職員のマンパワーや設備が不足していたこと、そして開設の手順が役場職員や関係機関に十分浸透していなかったことが挙げられています。

益城町内の特別養護老人ホーム2施設を対象とした調査では、地震発生から1週間、施設職員自身が被災して出勤できる人数が少なかったことと、多くの一般避難者の受け入れが重なったことで、現場に大きな混乱が生じたことも報告されています。

協定を結ぶことと、実際に機能することの間には、大きな距離があるということです。

あなたの施設には、外部からの避難者を受け入れる事態を想定した設計になっているでしょうか。


関連死の8割が高齢者だったという事実

熊本地震による震災関連死228名のうち、70歳以上が全体の約77.5%を占めています。

避難所での環境悪化、慣れない生活による体力・免疫力の低下、そして孤立。これらの複合的な要因が、要配慮者により重くのしかかったと考えられています。

福祉避難所が機能しなかったこと、そして要配慮者への対応が後手に回ったことは、この数字と決して無縁ではありません。「制度があれば大丈夫」という思い込みがどれほど危うい前提か、この数字が物語っています。

あなたの施設の入所者・利用者は、避難所の環境変化にどこまで耐えられるでしょうか。


東日本大震災と共通して現れた「二重被災」と「ライフライン途絶」

この課題は熊本地震でも明確に再現されました。

職員自身が被災しながら勤務を継続する「二重被災」の構造、そして電力・水・通信といったライフラインの制約は、施設運営の基盤そのものに影響を与えました。益城町の検証報告書には、水道施設が損壊した福祉施設や、ライフラインが断たれたことで利用者の受け入れに苦慮した介護保険事務所、全壊して建て替えが必要となった介護老人保健施設も確認されたことが記録されています。

益城町では、人口約33,500人に対し避難者数が最大で約16,000人に達し、これに対応する町職員は約250人にとどまりました。マンパワーが絶対的に不足したため、役職に関わらず課長級の職員まで避難所運営に投入され、災害対策本部の意思決定機能が一時的に不十分になる事態も生じています。

東日本大震災編でも触れた課題が、ここでも繰り返されたという点は重要です。つまり、これは地域特性ではなく、災害時に共通して現れる構造的な問題と捉えることができます。

東日本大震災の教訓は、熊本でも本当に活かされていたでしょうか。


東日本大震災で浮かび上がった課題としてあった長期停電下での業務継続、情報共有の断絶、広域支援との調整は、熊本地震でも別の形で繰り返されました。特に熊本では、連続地震動によって「一度判断したら終わり」という前提そのものが崩れ、避難・物資・職員配置のすべてが何度もやり直しを迫られました。

熊本県内では避難者数が最大18万人に達し、住家被害は全壊・半壊・一部損壊を合わせて約22万棟にのぼりました。益城町では、住宅約10,700棟のうち全半壊が約6,200棟、一部損壊を含めると98%を超える住宅が被害を受けています。これほどの規模で地域全体が被災すると、自治体職員自身も被災者であり、最大の支援者でもあるという、極めて厳しい状況が生まれます。

重要なのは、これを「特殊な大災害だった」と片付けないことです。判断の遅れ、情報の錯綜、連携不足——これらは規模が違っても驚くほど共通して現れます。

東日本大震災から5年後に起きた熊本地震は、「過去の教訓を一般化して備えること」の難しさと重要性を私たちに突きつけました。大震災の教訓をもとに作られたはずの計画の多くが、連続地震動という想定外の前に、もう一度検証を迫られたのです。

災害は、私たちの計画の「盲点」を突いてやってきます。だからこそ、BCPは一度作って終わりではなく、新たな災害の教訓を取り込みながら、常に「想定の幅」を広げ続けていかなければなりません。

次回

次回は「西日本豪雨(2018年)が医療・福祉施設に残した教訓」について整理していきます。

広域水害が長期化したとき、医療・福祉の現場で何が起きたのか。その構造を見ていきたいと思います。

10年前の熊本は、今のあなたの施設への問いかけです。


参考資料
本記事の内容は、以下の公的機関による一次資料に基づいています。

・熊本地震報告|国立病院災害医療センター災害医療部厚生労働省DMAT事務局
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000136146.pdf

・    防災情報のページ「災害対応資料集」|平成28年熊本地震|内閣府
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/houkokusho/hukkousesaku/saigaitaiou/output_html_1/pdf/201601-1.pdf

・    DMAT事務局「厚労科研関連報告書」|首都直下型地震・南海トラフ地震等の大規模災害時に
医療チームが効果的、効率的に活動するための今後の
災害医療体制のあり方に関する研究 平成28年熊本地震報告書
http://www.dmat.jp/korokaken/shutochokka/07-1.mhlw_scientific_inquiry_related_report.pdf