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令和元年東日本台風が示した、“予測できる災害”の落とし穴[2-5]

事前情報があっても、判断設計がなければ動けない

2019年10月、記録的な大型台風(台風第19号)が東日本を中心に広域的な水害をもたらしました。

河川氾濫、浸水、土砂災害などが同時多発的に発生し、広範囲に影響が及びました。死者は91名、住家被害は全壊3,273棟、半壊・一部損壊63,743棟にのぼっています。

地震のような突発災害とは異なり、台風はある程度進路が予測できます。数日前からニュースや気象情報で危険性が繰り返し伝えられ、準備する時間もありました。

一見すると、「備える時間があったのだから対応しやすかったのではないか」と思えるかもしれません。

しかし、実際には逆の難しさがありました。それは、「来ることが分かっている災害」だからこそ、判断が難しくなるということです。

災害対応では、「時間がないこと」が問題になると思われがちです。しかし、この災害が示したのは、「時間があること」が必ずしも有利ではないという現実でした。


「来るとわかっていた」のに判断が遅れた構造

台風接近時には、進路予測、降雨予測、河川情報、避難情報、交通情報など、次々と情報が更新されていきます。しかし情報が増えれば増えるほど、判断しやすくなるとは限りません。

「まだ大丈夫かもしれない」「進路が少し変わるかもしれない」「避難の判断は早すぎるのではないか」。こうした迷いは、決して誤った考えではありません。

ある県の知的障害者入所施設では、台風が史上最大級の勢力になると判明した時点で、可能な人には在宅避難を保護者に依頼するなど、早めの準備を進めていました。それでも入所者の大半は高齢の親など事情があって長期避難が難しく、施設に残った人はグループホームの2階に垂直避難し、その後2メートル近くまで浸水して消防に救出されています。

備えていたのに、想定を超える水位が「備えの限界」を超えてしまった、という事例です。

人は情報不足だけでなく、情報過多でも動けなくなります。「何を見て、誰が、いつ決めるか」が事前に設計されていないと、時間があることが逆に判断を止めてしまうことがあります。

あなたの施設のBCPには、「誰が、どの情報を見て、何時間前に避難を始めるか」という具体的な基準があるでしょうか。


広域同時多発水害が外部支援・行政対応を機能不全にした現実

多くのBCPでは、外部支援を前提にしている部分があります。応援職員、搬送支援、物資供給、行政との連携などです。

しかし今回の災害では、広域同時多発という条件がその前提を大きく変えました。国管理河川7河川14か所、都道府県管理河川67河川128か所で堤防が決壊し、被害は1都12県にわたりました。

ある県では、河川の堤防決壊により孤立した医療・福祉複合施設で、入院患者や入所者あわせて57名の搬送が必要となり、さらに複数の介護施設からなるグループ(入所者259名)の避難も同時に発生しました。搬送調整は自治体の担当課が個別に対応し、3日間かけて合計240名を施設・医療機関に搬送しています。別の県では浸水した病院から透析患者12名がボートで搬出され、さらに別の病院からも56名の入院患者のうち55名が他院へ搬送されました。

これだけの規模の施設避難が、同じ地域内で同時に発生したのです。広域災害では、「支援が来る前提」自体が成り立たなくなることがあるということです。

災害時に必要なのは「支援先一覧」ではなく、「支援が来ない、あるいは来るまでに時間がかかる場合にどうするか」という設計です。

あなたの施設では、近隣の施設も同時に被災し、外部からの支援が数日間期待できない場合の動き方を想定できているでしょうか。

避難勧告・避難指示のタイミングと施設の意思決定のズレ

医療・福祉施設の避難は、一般家庭と同じではありません。利用者の移動準備、人員確保、搬送手段、受け入れ先との調整など、多くの準備が必要になります。

ある市の検証報告書によれば、浸水した施設からDMAT等が入所者264名を救出し、このうち介護施設の入所者111名については、保健所が転院先を仲介しました。一方で、要配慮者利用施設の一部からは「避難に市からの指導が必要」という声も上がり、市から連絡が来るまで動かなかった施設もあったことが記録されています。車椅子を使う重度の障害者が、一時避難場所で横になることができず、結局自宅に戻ってしまったケースもありました。

行政からの情報発信タイミングと、施設側が動き出すべきタイミングには、構造的な差が生じます。避難情報が出てから準備するのでは間に合わない場合があり、逆に早く動けば通常業務への影響や現場負担も大きくなります。

どこで判断するのか。誰が最終決定するのか。その基準が曖昧なままだと、「様子を見る」が積み重なってしまいます。

あなたの施設では、行政からの連絡を待つ前提になっていないでしょうか。


「台風対策」と「台風時に動ける設計」の違い

次回取り上げる熊本豪雨でも同様の課題が見られますが、「水害対策をしていたはずなのに機能しなかった」という構造がありました。

今回の災害でも、それと似た課題が見えてきます。台風第19号による死者84名のうち65%が65歳以上の高齢者で、自宅で死亡した34名のうち79%が高齢者という調査結果があります。要支援者の個別避難計画の策定状況は、全員分が完了していた市町村が12.1%、一部完了が50.1%にとどまっていました。

土のうを準備する。備蓄を確認する。連絡網を整備する。もちろん、それ自体は重要です。しかし、それだけでは「動ける設計」にはなりません。

誰が判断するのか。夜間ならどうするのか。避難開始基準は何か。人手が足りなければ優先順位をどう変えるのか。

設備や物品を準備することと、実際に動けることは別です。BCPとは手順書を保管することではなく、非常時の意思決定を設計することなのだと思います。

あなたの施設の入所者一人ひとりについて、「誰が、いつ、どう避難させるか」を具体的に書いた計画はあるでしょうか。

令和元年東日本台風が私たちに示したのは、「予測できること」と「対応できること」は同じではないという現実でした。

時間があるから準備できるわけではありません。情報があるから判断できるわけでもありません。重要なのは、判断の基準と動き方が事前に設計されていることです。

災害は、想定外が問題になるだけではありません。むしろ、「想定していたはず」の場面で動けなかった時に、本当の課題が見えてくることがあります。


次回

次回は、「令和2年7月豪雨(熊本豪雨・2020年)が福祉施設に突きつけたもの」について整理していきます。

水害対策をしていたはずの施設が、なぜ機能しなかったのか。夜間の意思決定、立地条件、避難のタイムラインという「動けなかった構造」を掘り下げます。

あなたの施設には、「いつ、誰が、何を見て避難を決める」という基準がありますか?


参考資料

本記事の内容は、以下の公的機関による一次資料に基づいています。

・令和元年台風第19号による災害に係る対応について(長野市検証報告書)|長野市
 https://www.city.nagano.nagano.jp/documents/1803/346440.pdf

・令和元年災害対応に関する検証報告書|全国知事会
 https://www.nga.gr.jp/item/material/files/group/2/04-2%20shiryou4-2%20reiwagannensaigaikensyohoukokusyo.pdf

・令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難に関するサブワーキンググループ報告書|内閣府・消防庁
 https://www.bousaihaku.com/wp/wp-content/uploads/2021/05/R01_dai2bu2-1.pdf

・台風第19号における福祉避難所の実態調査|甲南女子大学
 https://fukushi-portal.tokyo/archives/462/