見出し画像

特養・老健のBCPが抱える、固有の課題[4-3]

BCPは、施設の機能を守る計画だと思っていませんか。

もちろん、建物や設備、電力や水、通信などの機能を維持することは重要です。

しかし、特別養護老人ホームにおいて、本当に継続しなければならないものは、それだけではありません。

そこには、日常生活そのものを支えるための介護があります。

食事、排泄、入浴、移動、服薬、見守り。

入所者にとっては、これら一つひとつが生活を維持するために欠かせない支援です。

災害が起きたからといって、要介護状態がなくなるわけではありません。

停電しても、断水しても、建物が無事であっても、介助を必要とする人は、その瞬間も介助を必要としています。

特養のBCPを考えるとき、出発点になるのは「施設をどう維持するか」だけではありません。

「要介護者への支援を、どのように継続するか」です。

特養にとって「避難」は、単なる移動ではない

災害が発生したとき、一般的には「避難する」という言葉を使います。

しかし、特別養護老人ホームにおける避難は、単純な移動とは異なります。

歩行が可能な人であっても、長距離の移動が難しい場合があります。

車いすを使用している人、移乗に介助が必要な人、認知機能の低下によって環境の変化に対応しにくい人もいます。

つまり、避難そのものが介護行為になるのです。

「避難場所まで移動させれば終わり」ではありません。

ベッドから車いすへ移乗する。

車いすを押して移動する。

階段や段差に対応する。

避難先で姿勢を整える。

排泄や水分補給を支援する。

必要な人には、医療的な対応を継続する。

この一連の行為がなければ、安全な避難は成立しません。

そのため、特養のBCPでは「どこへ避難するか」だけでなく、「誰が、どのような介助を行いながら、どのように移動させるのか」まで考える必要があります。

これは、一般的な防災計画の避難手順をそのまま当てはめるだけでは整理できません。

入所者の状態と、職員が行える支援を組み合わせて考える必要があります。

要介護者を支援する施設では、避難計画と介護計画を完全に切り離して考えることはできません。

避難すること自体が、支援の連続だからです。

自施設の避難計画は、入所者を「移動させる計画」ではなく、「必要な支援を継続しながら安全に移動させる計画」になっているでしょうか。

夜間の人数を見れば、BCPの現実が見えてくる

特養のBCPを考えるうえで、避けて通れないのが夜間の人員体制です。

夜間は、日中と同じ人数の職員が配置されているわけではありません。

従来型の特別養護老人ホームでは、夜勤を行う介護職員または看護職員について、入所者数に応じた配置基準があります。

入所者数が25人以下であれば1人以上、26人以上60人以下であれば2人以上、61人以上80人以下であれば3人以上、81人以上100人以下であれば4人以上です。

101人以上の場合は、4人に、入所者数が100人を超えて25人またはその端数を増すごとに1人を加えた数以上とされています。

また、ユニット型特養では、2ユニットごとに1人以上の介護職員または看護職員の配置が必要です。(厚生労働省)

この数字は、単なる人員配置の基準ではありません。

BCPを考えるうえでは、「災害が夜間に発生したとき、今いる職員で何ができるのか」を考えるための出発点になります。

たとえば、夜間に地震が発生した場合、職員はすべての入所者を同時に確認できるわけではありません。

火災や浸水が発生すれば、避難誘導を行う職員と、入所者の安全を確保する職員を分ける必要が生じる可能性があります。

負傷者が発生すれば、さらに対応が必要になります。

そこへ、停電、エレベーター停止、通信障害などが重なるかもしれません。

しかし、職員の人数が急に増えるわけではありません。

だからこそ、BCPに必要なのは、「災害時には全員を避難させる」という理想を掲げることだけではありません。

今の夜勤体制を前提として、最初に何をするのか。

誰が何を担当するのか。

どの入所者を優先して支援するのか。

応援職員が到着するまで、何を継続するのか。

こうした現実的な設計が必要になります。

「災害時には職員を増員する」と書かれていても、実際に誰が、どの時間に、どの手段で到着できるのかが決まっていなければ、それは計画上の期待にすぎません。

今いる人数で、最初の数時間に何ができるのか。

その問いから始めることが、特養のBCPを現実に近づけます。

あなたの施設では、夜間の現在の人員体制で、発災直後に実行できる行動が具体的に整理されているでしょうか。

個別避難計画とBCPは、本来つながっている

特養のBCPを考えるとき、もう一つ意識したいのが個別避難計画です。

個別避難計画とは、避難行動要支援者一人ひとりについて、避難先や避難支援者などを具体化する計画です。

令和3年の災害対策基本法改正により、市町村による個別避難計画の作成が努力義務として法定化され、福祉関係者が計画作成に関与することも想定されています。

特養の入所者への支援を考えれば、個々の状態に応じた避難支援と、施設全体のBCPは、本来つながっているべきものです。

ただし、個別避難計画の詳細については、別シリーズで既に扱っています。

ここでは、個別の避難支援と施設全体の事業継続が、別々の仕組みとして存在するのではなく、入所者の安全と生活を守るという点で接続していることを確認しておきます。

施設全体のBCPを作成するとき、入所者一人ひとりの支援上の特性が、どこまで反映されているでしょうか。

特別養護老人ホームのBCPで最も重要なのは、施設という建物を維持することだけではありません。

その施設で生活する要介護者への支援を、どのように継続するかです。

そして、その支援を考えるとき、夜間の少人数体制という現実から目をそらすことはできません。

計画の中に「避難する」「応援を要請する」「必要な支援を継続する」と書くことはできます。

しかし、実際にその時点で何人の職員がいるのか。

その職員で、どこまでの支援ができるのか。

応援が来るまでの間、何を優先するのか。

そこまで考えなければ、計画は現場の行動には変わりません。

計画があることと、今の体制で動けることは別問題です。

だからこそ、特養のBCPは、理想の体制を前提にするのではなく、現在の人員と入所者の状態を前提に設計する必要があります。

その現実を出発点にして初めて、応援要請や職員参集、物資確保などの次の対策が意味を持ちます。


次回

次回は、障害者支援施設のBCPが抱える、固有の課題について考えます。障害者支援施設の夜間人員基準は、特養のような細かな人数刻みではなく、60人までは1人、それ以降は40人ごとに1人という、より緩やかな増員ペースになっています。この「基準の緩やかさ」が、施設側にどのような設計上の難しさをもたらすのかを考えます。


参考資料

・厚生労働省「厚生労働大臣が定める夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準」平成12年
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82aa0263&dataType=0&pageNo=1
・内閣府「災害対策基本法等の一部を改正する法律」令和3年
https://www.bousai.go.jp/taisaku/kihonhou/kihonhou_r3_01.html