東日本大震災は、医療・福祉施設に何を突きつけたのか[2-1]
あの災害と、今の自分たちの現場をつなぐ
東日本大震災から15年が経ちました。
この時間の経過は、記憶を少しずつ遠ざけていきます。
しかし同時に、「あの災害を自施設のBCPと結びつけて考えたことがあるか」という問いは、今もなお重く残り続けています。
過去の災害は”知識として知っている”だけでは不十分で、「自分たちの設計にどう落とし込むか」まで踏み込んで初めて意味を持つということです。
ここでは、公開されている報告や調査で繰り返し示されてきた論点をもとに、医療・福祉施設に何が起きていたのかを構造的に整理していきます。
ライフライン途絶がケアに与えた直接的影響
震災時、多くの地域で電源・水・通信といったライフラインが長時間にわたり制約を受けました。
電源が途絶すると、医療機器や空調、照明、情報端末などが制限されます。水の供給停止は、清潔保持や入浴、トイレ機能に直結し、福祉・医療ケアの継続性に大きな影響を与えました。通信の不安定化は、情報収集や外部連携を困難にし、判断の遅れにつながる場面もありました。
発災当日、東北電力管内では約450万戸が停電し、宮城県では実に96%の世帯が停電状態に置かれました。
福島県の電力が完全に復旧したのは約45日後です。
固定電話の不通回線は最大で約100万回線に達し、下水道処理施設は最大120施設が被災、2ヶ月後の時点でも69施設が復旧していませんでした。
複数のライフラインが、地域単位で長期間同時に失われる状況が、実際に起きていたということです。
さらに、岩手県では34市町村のうち22、宮城県では35市町村のうち32で本庁舎自体が被災し、一部は庁舎の移転を余儀なくされました。施設だけでなく、行政の指揮機能そのものが揺らぐ事態も発生していたのです。
あなたの施設には、外部からの補給が完全にストップした状態で、入所者の命を繋ぎ止められる水と燃料が「何日分」ありますか。
孤立した病院からの「病院避難」という選択
透析患者や要介護者など、移動に制約を持つ方々の広域搬送は、震災時に大きな課題として浮かび上がりました。
津波被害により孤立した病院があり、入院診療の継続そのものが限界に近づいていたケースもありました。
DMATの活動記録によれば、石巻地域では孤立した病院から入院患者240名(うち重症24名)が、ドクターヘリや自衛隊機を使って搬送されました。
さらに、福島第一原発の屋内退避指示が出された区域では、約1,000床規模の病院避難が必要となり、入院患者390名の搬送が25チームのDMATによって行われています。
これは「搬送先を探す」という話ではありません。
病院という建物そのものが医療を続けられなくなり、入院患者全員を別の場所に移すという判断が、現実に下されていたということです。
あなたの施設では、“施設そのものを離れなければならない状況”をどこまで具体的に想定できているでしょうか。
職員の「二重被災」がもたらした影響
施設機能を支える職員自身が、同時に被災者となるケースも多く見られました。
自宅の被害や家族の安否確認など、個人としての緊急対応と、業務としての施設対応が重なる状況は、意思決定や人員配置に大きな影響を与えます。
結果として、出勤できる人員が限られるだけでなく、心理的な負荷も高まり、長時間の継続対応が難しくなる場面が発生します。
この「二重被災」は、BCP上で想定されていないと、初動の人員設計そのものが崩れる要因になります。
全員が出勤できる前提の人員設計は、災害時には機能しません。職員もまた被災者になる――その現実を、自施設の計画はどこまで想定できているでしょうか。
BCPが存在しなかった、あるいは機能しなかった現場で起きたこと
当時、多くの施設ではBCPが十分に整備されていない、あるいは実際の運用を想定していない状態でした。
その結果、初動対応が個々の判断に委ねられ、情報共有や優先順位付けに時間を要する場面が発生しました。
また、想定外の事象に対して、その場ごとの対応を積み重ねる形になり、結果として業務負荷が増大する傾向も見られました。
一方で、事前に一定の備えや連携の枠組みがあった施設では、限られた条件の中でも対応の安定性が高まる傾向も報告されています。
重要なのは、BCPの有無そのものではなく、「想定と現実の差をどこまで埋めていたか」という点です。
あなたの施設のBCPは、“保管されている計画”でしょうか。それとも、“災害時に機能する計画”になっているでしょうか。
過去の災害は、単なる過去の出来事ではなく、今のBCPを見直すための重要な参照点です。
そこにあった課題は、特定の地域や施設だけの問題ではなく、構造として繰り返し現れるものでもあります。
近年、医療・福祉施設におけるBCPの策定や訓練は法的な義務となりましたが、私たちが本当に向き合うべきは、行政のチェックリストを埋めることではなく、あの震災の現場で起きていた圧倒的な現実です。
書類上の計画は、電気が消え、水が止まり、職員が半分しか来ない現場で、入所者や患者の命を守ってはくれません。
過去の災害を「知識」として終わらせるのか、「設計の材料」として扱うのかで、BCPの実効性は大きく変わります。
次回
次回は、「熊本地震(2016年)が医療・福祉施設に残した教訓」について整理していきます。
より”繰り返される課題”という視点から、BCPの実装に迫っていきます。
あなたの施設にあるBCPは、あの日に持っていっても、機能するものになっているでしょうか。
参考資料
本記事の内容は、以下の公的機関による一次資料に基づいています。
・平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)について|内閣府(緊急災害対策本部)
https://www.bousai.go.jp/2011daishinsai/pdf/torimatome20260309.pdf
・東日本大震災におけるDMAT活動と今後の課題|厚生労働省DMAT事務局
https://www.bousai.go.jp/oukyu/higashinihon/2/pdf/kourou.pdf
