建物構造と避難計画の整合性を、誰が確認するのか[3-7]
施設を知る人間だけが見える、避難設計の盲点
あなたの施設の避難計画は、建物の構造と整合していますか。
避難計画というと、多くの場合は避難場所、連絡体制、避難手順、役割分担などが中心になります。もちろん、それらは非常に重要です。しかし、その計画を実際に動かすのは、建物そのものです。人は建物の中を移動し、設備を使い、決められた動線を通って避難します。どれだけ丁寧な避難計画を作っても、建物条件と整合していなければ、現場では動けなくなることがあります。
洪水浸水想定区域や土砂災害警戒区域などハザードマップ上の該当区域に立地する要配慮者利用施設では、水防法・土砂災害防止法に基づき「避難確保計画」の作成と訓練実施が義務付けられています。一方、地震はハザードマップの指定の有無にかかわらず、どの施設にも共通するリスクです。本記事で扱う視点は、避難確保計画の対象施設はもちろん、対象区域外で地震への備えを進めたい施設にも共通するものです。
第1シリーズのBCP編や、第2シリーズの災害振り返り編でも触れてきましたが、災害時に機能不全を起こすのは計画書そのものではなく、「計画の前提条件」であることが少なくありません。避難計画と建物構造が別々に扱われている場面は意外と多いものです。しかし、建物を最もよく知っている人間が避難設計に関わった時、見えるものは大きく変わります。
エレベーター停止時の避難設計が建物構造と整合していない問題
避難計画では、「避難誘導を実施する」と記載されていることがあります。しかし、その避難方法が建物構造と一致しているかまで確認されているでしょうか。特に要配慮者が多い施設では、エレベーターは日常業務に深く組み込まれています。ところが災害時には、安全確保のため停止することがあります。その時、階段で移動することになる場合があります。
問題は、その先です。階段の幅は十分か。介助スペースはあるか。搬送器具を使用できる構造か。途中に待機可能な場所はあるか。計画書では「階段避難」と書かれていても、実際の建物条件が伴っていないことがあります。
あなたの施設のエレベーターが止まった時、階段避難は実際に何分で完了するでしょうか。
避難動線・幅員・段差が要配慮者の移動を前提としていない現実
避難経路は、通れれば良いというものではありません。誰が、どのように移動するのかが重要になります。日常では問題にならない小さな段差や狭い通路が、災害時には大きな障害になることがあります。
車いす利用者。歩行介助が必要な方。医療機器を使用している方。移動補助器具を使っている方。一人で歩く場合と、介助しながら移動する場合では必要な空間は大きく変わります。平常時の動線と、災害時の動線は同じではありません。「通路がある」と「避難できる」は、必ずしも同じ意味ではないのです。
あなたの施設の避難経路は、車いすや搬送器具を使った状態で実際に通行できるか、確認したことがあるでしょうか。
建物の「想定外の変化」が避難計画を陳腐化させる構造
建物は完成した時点で止まるものではありません。増改築、用途変更、レイアウト変更、収納棚の追加、備品配置の変更。施設は日々少しずつ変化しています。しかし避難計画は、一度作った後に更新されないことがあります。
以前は十分な通路幅が確保されていた場所が、物品配置の変更によって狭くなっていた、というケースは珍しくありません。平常時には支障がなくても、避難時には人が集中します。わずかな変化でも、災害時には影響が大きくなることがあります。避難計画は紙の上だけで管理するものではありません。建物の変化と一緒に更新される必要があります。
あなたの施設では、増改築や什器配置の変更があった時、避難計画も同時に見直されているでしょうか。
避難計画と建物構造の整合性は、誰が確認するのか
避難確保計画の実効性が十分でなかった施設で多数の犠牲者が出た災害を受け、令和3年の水防法・土砂災害防止法改正により、避難確保計画や避難訓練について市町村長が施設管理者等に助言・勧告できる制度が創設されました。避難訓練の実施報告も義務化されています。
つまり、「作られているか」を外部から確認する仕組みは、この改正で初めて制度として整いました。しかし、市町村による助言・勧告は、あくまで計画の存在や訓練実施の有無を確認するものであり、建物の細部——階段幅や動線の段差、什器配置の変化まで踏み込んで日常的に点検できるものではありません。
施設管理担当者が持っている情報は、避難設計に大きな意味を持っています。どこが狭いか。どこに段差があるか。どこで人の流れが滞留しやすいか。どの設備が停止すると動線が変わるか。それらは図面だけでは見えにくい情報です。外部の確認制度と、内部の日常的な点検。その両方があって初めて、避難計画は実効性を持ちます。
あなたの施設では、建物の変化と避難計画の整合性を、誰が・どの頻度で確認する仕組みになっているでしょうか。
避難計画は、人の行動だけを整理するものではありません。人が動く建物の条件を理解して初めて、現実の避難設計になります。建物を知らずに避難を考えることは難しく、避難を知らずに建物を考えることもまた難しいのかもしれません。建物を知っている人間が避難を設計する。その視点が加わるだけで、これまで見えなかったリスクが見えてくることがあります。施設を知る人間が、備えを設計する。
次回
次回、いよいよ第3シリーズ最終回です。「施設管理者がBCP設計に関わると、何が変わるのか」を、これまでの7回を振り返りながら総括します。
参考資料
本記事の内容は、以下の公的機関による一次資料に基づいています。
・要配慮者利用施設における避難確保計画の作成・活用の手引き(洪水、雨水出水、高潮、土砂災害、津波)|国土交通省 水管理・国土保全局
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/jouhou/jieisuibou/pdf/tebiki.pdf
