見出し画像

病院・診療所のBCPが抱える、固有の課題[4-2]

病院のBCPは、1冊にまとめれば完成するものだと思っていませんか。

「災害が起きたときに、病院の機能をどう継続するかをまとめた計画」

このように考えると、病院のBCPは一つの計画書として整理できるように思えます。

しかし、実際にはそう単純ではありません。

病院を取り巻くBCPには、災害を想定したものだけではなく、サイバー攻撃を想定したものや、感染症流行時の医療提供体制に関わるものなど、異なる目的と制度的背景を持つ計画が存在します。

つまり、「病院のBCP」という一つの言葉の中に、異なる危機を想定した複数の継続計画が存在しているのです。

しかも、それらはすべて同じ制度によって求められているわけではありません。

対象となる医療機関も、求められる内容も、制度上の根拠も異なります。

この構造を理解しないまま「BCPを作った」と考えると、災害には対応できても、別の危機には対応できないということが起こり得ます。

病院のBCPを考えるときに必要なのは、まず「何に対するBCPなのか」を分けて考えることです。


災害BCPは、すべての病院に同じ義務があるわけではない

病院のBCPを考えるとき、最初に思い浮かぶのは地震や水害などの災害ではないでしょうか。

大規模災害が発生したとき、電力や水道が途絶し、職員が参集できず、医薬品や医療材料の供給が滞る。

そのような状況でも、病院としてどの診療機能を維持するのか。

どの機能を優先し、どの機能を縮小するのか。

患者の受入れをどうするのか。

こうした課題を扱うのが、災害時のBCPです。

ただし、制度上、災害BCPの位置づけはすべての病院で同じではありません。

災害拠点病院については、厚生労働省が平成29年に示した「災害拠点病院指定要件の一部改正」により、BCPの策定が求められています。

一方で、すべての病院が災害拠点病院と同じ役割を担うわけではありません。

地域における医療機関の役割は、それぞれ異なります。

大規模災害時に広域的な医療活動を担う医療機関と、地域の患者に対する通常診療の継続を担う医療機関では、必要となるBCPの内容は同じではありません。

ここで重要なのは、制度上の義務の有無だけを確認して終わらないことです。

義務化されているかどうかと、自院に継続機能が必要かどうかは、別の問題だからです。

災害拠点病院でなくても、地域の患者に医療を提供している以上、災害時に何を継続するのかを考える必要があります。

あなたの医療機関は、災害時に「どの機能を残すのか」を具体的に決められているでしょうか。


サイバー攻撃にも、別のBCPが求められる

病院を取り巻く危機は、自然災害だけではありません。

現在の医療機関では、電子カルテをはじめとする医療情報システムが診療機能を支えています。

そのため、サイバー攻撃によってシステムが使用できなくなれば、診療そのものに影響が及ぶ可能性があります。

ここで登場するのが、サイバー攻撃を想定した事業継続計画です。

令和6年度診療報酬改定では、診療録管理体制加算1を届け出る医療機関について、サイバー攻撃を想定したBCPの策定や、年1回以上の訓練実施が施設基準に組み込まれました。

これは、災害拠点病院に求められる災害BCPとは、制度的な根拠も対象となる医療機関も異なります。

つまり、病院のBCPという言葉で一括りにしていても、災害とサイバー攻撃では、求められる計画の背景が異なるのです。

地震によって電力や水が止まる場合と、サイバー攻撃によって電子カルテやネットワークが使えなくなる場合では、最初に確認すべき事項も、復旧までの手順も異なります。

必要となる代替手段も違います。

災害時には非常用電源や給水、職員参集、物資確保が重要になります。

サイバー攻撃では、システムの遮断、情報セキュリティ上の対応、診療継続のための代替手段、復旧に向けた関係者との連携などが課題になります。

同じ「診療機能の継続」という目的があったとしても、危機の発生原因が違えば、継続のために必要な設計も変わります。

だからこそ、1冊のBCPにすべてを詰め込むことが、必ずしも最も分かりやすい方法とは限りません。

重要なのは、危機ごとに異なる課題を整理し、それぞれの計画や手順が、全体として診療機能の継続につながるように設計されていることです。

自院のBCPは、災害以外の危機によって診療機能が停止する可能性まで考えられているでしょうか。


診療所は「簡単」なのではなく、背負える体制が違う

ここで、病院と診療所の違いにも目を向ける必要があります。

病院と診療所では、規模や機能、職員体制、保有する医療機能が異なります。

病院では、医療情報システム安全管理責任者を配置する体制や、病床を確保したうえで医療措置協定を締結する体制などが問題になることがあります。

一方、診療所では、病院と同じ体制を構築すること自体が難しいケースもあります。

これは、診療所のBCPが簡単だという意味ではありません。

むしろ、限られた人員で多くの役割を担っているからこそ、別の難しさがあります。

院長や少数の職員に多くの判断や業務が集中している場合、災害やシステム障害によって一人でも欠けると、診療機能そのものに大きな影響が出る可能性があります。

また、診療報酬上の制度についても、すべての医療機関が同じ対象になるわけではありません。

サイバー攻撃を想定したBCP策定・訓練の施設基準についても、診療録管理体制加算1の届出を行う医療機関が対象であり、届出をしていない医療機関には同じ形で適用されません。

感染症に関するBCPや医療措置協定についても、医療機関の役割や制度上の位置づけによって、求められる内容は変わります。

これらは別の機会に詳しく扱いますが、重要なのは「医療機関だから同じBCPが必要」という考え方ではありません。

病院には病院の体制と役割があります。

診療所には診療所の体制と役割があります。

制度の対象になっているかどうかを確認することは重要です。

しかし、それだけで自院に必要なBCPの範囲が決まるわけではありません。

制度の対象外であっても、自院の診療機能を継続するために必要な課題は存在します。

自院は、制度の対象範囲を確認するだけでなく、自分たちの体制で何を継続できるのかまで考えられているでしょうか。


病院のBCPは、一つの計画書を作れば終わるものではありません。

災害、サイバー攻撃、感染症など、異なる危機が存在し、それぞれに異なる制度的背景と対応課題があります。

さらに、病院と診療所では、求められる役割も、組織の規模も、専門人材を確保できる余力も異なります。

そのため、制度上の対象となるBCPの種類も、実際に自院が備えるべき内容も、医療機関ごとに変わります。

重要なのは、「制度で求められているから作る」という視点だけではありません。

制度の対象になっているかどうかにかかわらず、自院・自施設がどの機能を継続する必要があるのかを考えることです。

BCPは、制度上の義務を満たすためだけの文書ではありません。

自分たちの医療機関が、どのような危機に直面し、どの機能を残し、どのように診療を続けるのかを設計するための仕組みです。


次回

次回は、特別養護老人ホームのBCPが抱える、固有の課題について考えます。特養で継続すべきものは、施設の機能だけではなく、食事・排泄・移動といった要介護者の生活そのものです。そして、夜間はごく少人数の職員で運営されているという現実が、BCP設計にどう関わってくるのかを、具体的な人員配置基準の数字とともに考えます。


参考資料

・厚生労働省「災害拠点病院指定要件の一部改正」平成29年
https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000328607.pdf
・厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」令和6年
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001582980.pdf
・厚生労働省「令和6年度診療報酬改定資料」令和6年
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00045.html