スラムダンクへの道 回想編5

この物語は、いちおう連続したお話になっているが、どこから読んでもらっても特に問題はない。
この物語は、44歳になった直後に、体重100kg(身長178cm,体脂肪率31%)を突破してしまったキモカワ系男子の虫歯天使が、2年後にバスケット選手として復活し、ダンクシュートを成功させるまでの記録である。
なお、過去に同様なチャレンジを行なっており、まずは回想編でそれを記していくことにする。これは、ブログ「ミニ地球世界のプチ神様を目指して」に掲載した内容の再掲である。
回想編第4話はこちら!

回想編第5話 最後のリングジャンプ

2019-12-04 20:04:17

さてさて、ここまで数回にわたって虫歯天使の運動遍歴をご説明してきました。

つかってもらえないプレイヤーだった中学時代。いきなり劇的にジャンプ力が上がってリングに届くようになったけど、けっきょく帰宅部だった高校時代。

それからは不摂生な人生が長く続くのですが、例外的に、継続的な運動をしていた時期が(最近のジム通いを除いて)、3回ありました。

まず、毎日6時間自転車をこいでいた新聞配達時代。このとき、虫歯天使は、おそらく人生で最高の身体能力を獲得していました。

それから、ギラン・バレー症候群で歩けなくなってから1年間の必死のリハビリ期間。日常生活に支障はないレベルにまで回復しましたが、垂直跳びは40cmくらいまでしか戻りませんでした。

そして、その後、あと1回だけ、虫歯天使は継続的運動を行っていたことがあります。今日はそのときのことについて、少し振り返りタイトル思います。

かつての若者も、もう30歳になっていました。
虫歯天使は幸運にも、週に1、2回程度ですが、それも1回が30分程度なのですが、バスケットをやることができる環境にありました。
始めたばかりのころは、やはりギラン・バレー症候群の後遺症だと思うのですが、ちょっとしたことでコロコロ転んでしまいました。常時、被アンクルブレイカーです。

その環境は2年間くらい維持することができました。
気がついたら、私はコロコロ転ばなくなっていました。そして気づいたのです。ジャンプ力が回復してきていることに。体重も高校の頃と同じくらいでした。

リハビリ期間は、ものすごく努力しました。毎日2時間くらい運動していたと思います。それでも1年経って治らなければ、それは後遺症として、症状が固定されたものであると、お医者さんから説明を受けていました。つまり、もう戻らないと。

奇蹟が起こったのかもしれません。
ある日、虫歯天使は、自分が絶好調で、素晴らしくウォーミングアップできていて、非常に集中力が高まっていることに気づきました。

そして、虫歯天使は、遥かな時をこえて、ギラン・バレーによる後遺症をこえて、バスケットのリングにタッチすることができました。あの日のことは、はっきり覚えています。2回タッチしました。

今のなっては笑い話ですが、後遺症の件で裁判を起こしたりしなくて、本当に良かったなと。
だってリングジャンプができる30歳が、後遺症でマヒしたって言って大金もらってたりしたらほぼ詐欺ですよねw

その後は、バスケットができる環境が失われてしまい、また、社会人としてすごく忙しく、仕事に追われ続ける期間が長く続き、今に至ります。

元嫁さんとの、結婚と離婚。

虫歯天使の生活はより不摂生になり、体重が少し早め増え、体力が衰えていきました。まあ、よくある普通のメタボ化です。

虫歯天使は、現在、体脂肪率27%、体年齢52歳、全盛期から体重プラス約20㎏という絶望的なスペックから、もう一度復活するために鍛えています。
それが本シリーズ、SLAM DUNKへの道です。

もし本当にダンクシュートができたら、もう自伝を自費出版する気まんまんですが、そこまで行くには、血のにじむような努力と、賢い健康管理と、何より幸運が必要でしょう。

途中で膝関節損傷とかアキレス腱断裂とかしてしまったら、ダンクシュートには届かないでしょう。

どちらかと言えば、ダンクシュートには到達するよりは、大怪我する可能性の方がよっぽど高いはずです。

しかし、ダンクシュートよりずっと前の段階である、リングジャンプすら、今の虫歯天使には遠い目標です。

もし、リングジャンプすらもうできないとしたら・・・。
それは年齢的にもう十分あり得ることなのですが、30歳のときのあの日のジャンプが、私の人生で最後のリングタッチだったということになります。

次回、回想編第6話はこちら!
https://note.com/bcry3_yk/n/nf0ff108a4991

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