電磁決闘症候群
翻弄されながらも、次々とフィンの衣服にしがみつく妖精たち。翅がチリチリと音を立てて帯電し、フィンを包むように強力な正電場を形成した。
途端、光の雨がフィンの目前で唐突に軌道を変え、あらぬ方向へと四散しだした。周囲の地面を猛爆撃するが、命中は一発もない。
「ほう……これはいかなる仕儀か。」
いつのまにか後ろにいた総十郎が、興味深そうに言う。
「クーロン斥力によるバリアーでありますっ! それから――!」
フィンは片手で烈光聖箭を突き出した。精密狙撃など不可能な構え。妖精たちの電磁バリアーから、銃身がにゅっと突き出る。
装飾的な銃身側面のレバーを引き、弾体となる重銀粒子に正電荷を加える。
「出力最大! フルオートでありますっ!」
トリガーを引く。
引き続ける。
銃口が連続して光の小爆発を起こし、いつもより三割ほど太いイオンビームが連射される。大きな反動で照準はばらけ、乱れに乱れた。制圧射撃としても精度が低すぎる。
加えて、視界はビームの雨で塞がれている。〈竜虫〉はおろか庭園の様子すら定かではない。
普通ならこんな状況で命中など期待できない。
だが――
――赤ん坊の悲鳴のような不協和音が轟き渡った。
赤ん坊と違うのは、耳を聾するほど音が大きいという点である。
光の雨が、止んだ。
なおも続く烈光聖箭の連射は、ある程度直進した後で何かに吸い込まれるように進路を変更。
縫い付けるように次々と〈竜虫〉に命中していった。
巨体を俊敏にくねらせて回避に努めているが、光弾はエサに群がる魚のごとく機敏に追随。フジツボのように密集したゼラチン球体を、重銀粒子ビームが次々と撃ち抜いていった。透明な液体が飛散する。
「強い正電荷を帯びた粒子ビームを射出したということは、射出源は必然的に強い負電荷を帯びているであります」
「なるほど、そこに正電荷の攻撃を放てば、クウロン引力によって自動的に命中するというわけであるか。」
やがて、〈竜虫〉の電荷不均衡が解消され、光弾が直進しはじめる。
瞬間、手元の烈光聖箭が小さな爆発を起こした。煙を噴いている。
「おっと、発電機を酷使しすぎたであります」
最大出力のフルオート射撃はさすがに機関部への負担が大きすぎた。分解指令を出すと、芸術的な曲面で形成される白銀の長銃は、無数の輝くドットとなって消え去った。
フィンは新たな烈光聖箭を錬成し直しながら、〈竜虫〉を見やる。光の雨の発射器官はあらかた潰したが、本体の動きにダメージは感じられない。
「さて――フィンくんのおかげで敵の射撃戦力は大きく低下した。仕上げにかゝるとしようか。」
隣で総十郎は懐から霊符を取り出した。すべての指の間に挟まっている。腕を一閃して投げ打つと、霊符たちはしばらく直進した後、ぴたりと空中に静止した。それを数度繰り返すと、〈竜虫〉の周囲に多数の足場が出来上がる。
「これでは足りぬ。フィンくん、つないでくれたまえ。」
「っ! 了解であります!」
即座に総十郎の言いたいことを理解したフィンは、斬伐霊光を射出して霊符に絡ませ、ジャングルジムめいた格子構造を形成する。
そして二人同時に跳躍。
特設の戦場で、フィン・インぺトゥスと鵺火総十郎は、〈竜虫〉と対峙した。
●
ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスは、「生きる意味」を考えたことなどない。考えるまでもなく明らかだからだ。
ただし、「殺す意味」ならば四六時中考えている。そして、最近まで答えは出なかった。
他のオークどもは殺したいから殺しているだけだが、ヴォルダガッダはそのシンプルで純朴な生き方に満足ができなかった。
そんな程度の理屈では、この身を焼くような、世界のすべてを殺し尽くしてもなお満たされぬ深度の絶滅意志は説明しきれないのだ。だってそうだろう。殺す相手を殺し尽くしてしまっては、もう殺せないではないか。それは一般的なオークにとって、歓迎できない事態のはずだ。
だが――ヴォルダガッダにとって、それは決して悪くない。
想像する。自分以外のすべてが、草花や虫けらに至るまですべて死に絶えた世界を。その空漠たる荒野を。ひょうひょうと吹き荒ぶ風。鉛のような空。動くものはひとつもなく、自分はその絶対なる孤独の中心で、ひとり手足を広げて寝転んでいる。ぼんやりと、なにをするでもなく穏やかな気息を繰り返しながら、どこか敬虔な気持ちで、ただひたすらに空を見上げている。その、情景を。
――悪かねエ。
激しい喜びはその世界にはないかもしれないが、しかしそれよりもかけがえのない何かがある。
この感情につける名前を、ヴォルダガッダは知らない。
とはいえ、殺す意味としては悪くない。ひとつ殺すたびに、世界はあの胸に抱いた空漠たる荒野へ一歩近づくのだ。
それはきっと、良いことだ。
小さなことからコツコツと、胸に抱いた憧れを実現させるために、地道に積み上げてゆくのだ。今回の大侵略とて、その一環だ。
だが――
それは、「殺す」という行いを、ただの手段に貶める在り方でもあった。何かのために殺しているという時点で、その殺戮は純粋なものではなくなり、打算を含み始めるのだ。他のオークどもの、「殺したいから殺している」という在り方にかねてより嫉妬を覚えていたヴォルダガッダにとって、それは何か冒涜的なものを感じさせた。「殺す」という行いは、ただそれだけで無条件に美しく、尊いはずだ。ヴォルダガッダはそれを疑ったことなどないが、では「空漠の荒野」への欲求は何なのか?
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