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血と闇の中でそれは生まれた

  目次

 自分は……余計なものが混ざっているのか? オークとして純粋に生きれていないのではないか? 出来損ないなのではないのか?
 普通のオークならば脳裏によぎることすらない思考。
 劣等感厭世の念
 すべてのオークから畏れられ、敬われる悪鬼の王の、それが真実であった。
 だが。
 脳裏にチラつく、黒い人影。ヒョロついたカスでありながら、かつてなく自分を追い詰めたあの人間。

 ――ヤビソー。

 奴との出会いは、「殺す」ということの純粋性を、再び燃え上がらせてくれたのだ。
 そうして、ひとつの悟りを得る。「殺したいから殺す」という在り方に満足できないのは、今までそれがあまりにも容易いことだったからなのだ。
 すぐに手に入るものに、価値など宿らない。なのに、ヴォルダガッダの生には、今まですぐ手に入るものしか存在しなかった。
 ゆえに虚しく、ゆえに妬ましい。
 だからこそ、ヤビソーは生まれてはじめて出会えた、価値ある命なのだ。殺したくとも殺しがたい命。

 ――あいつを殺せルなら死んでモいい。

 魂が、そう叫んでいる。自分と、ヤビソー。両者をつなぐ殺意キズナ。初めて、本当の意味で他者と向き合った。初めて、本当の意味で他者と関われた。
 生きるとは、こんなにも熱く、鮮烈なものなのだということを、ヴォルダガッダは初めて知った。
 この滾り立つ熱狂の末に、あの「空漠の荒野」は広がっている。なんと遠く、なんと眩い。この世界は生きるに値する。
 ゆえに
 ヴォルダガッダは己の本質を正しく悟り、そして世界のありようを強く強く狂おしいまでに強く肯定した。
 その情念は周囲の精霊力を変質させ、「紅蓮の闇」と称すべき威風に満ちたオーラとなってヴォルダガッダの上背から立ちのぼった。
 それが、歪律領域ヌミノースと呼ばれる現象であることを、悪鬼の王は知らない。
 だが、どういう性質のものであるかは、わかっていた。

 ●

 〈鉄仮面〉が、殺す気のあるとも思えない雑な打突で異界の英雄を打った瞬間――
 腹の底に響く撃音とともに、英雄の図体が消し飛んだ
 圧倒的な暴力的な風圧が爆散し、〈鉄仮面〉の黒衣を激しくなぶる。
 そのさまを、ヴォルダガッダは目を眇めて睨んでいた。
 消えたのではない。途轍もない威力の打撃を受けて、遥か遠くまで吹っ飛んだのだ。
 見ると、地面に轍が刻まれ、その先には大樹の幹を破砕してめり込んでいる英雄の姿があった。意識は刈り取られているようだが、驚いたことに今の一撃をもらっても体に損傷めいたものは確認できない。呆れた耐久力と言えた。
 〈鉄仮面〉を見初めた神統器レガリア――〈黒き宿命の吟じ手カースシンガー〉。
 その力は、剣に加わった衝撃を吸収、保存し、任意のタイミングで解き放つというもの。純粋に戦闘の手段として見た場合、そこまで強力な神統器レガリアというわけではない。一度相手の攻撃を受けなければ意味がない時点でリスキーであるし、普通の相手ならば叩き込んでくる衝撃もたかが知れたものだ。乱戦の最中にひときわ強力な打ち込みができるというだけの、実に地味な力である。
 だが――今回の敵のような、規格外の攻撃力を持つ相手に対しては、特効とも言える効果がある。ヴォルダガッダの全力の一撃にもかすり傷程度の損害しか負わなかった化け物が、ただの一手で戦闘不能にまで追い込まれたのだ。
 そして――攻撃はこれで終りではない

「――爆ぜろヤ」

 紅蓮の闇が、燃え盛る。世界の理を歪ませ、ヴォルダガッダの悟りが具象化する。

「ぐっ!?」

 敵が目を見開いた。痛みのあまり気絶から覚めたのだ。
 そして――
 脇腹から、盛大に血飛沫が噴き出した。

「いってえええええええええ!?」

 そこは、さきほどヴォルダガッダの一撃が命中し、かすり傷を与えた箇所と寸分たがわず同じであった。
 その傷が、物理的な条理を超えて大きく広がったのだ。大量に溢れ出る血液の奥から、肋骨すらかすかに覗く。

「今のは……まさか、歪律領域ヌミノース、か……?」
「あァ? 知らねエよヒョロガリどもが考えた小利口な理屈なんザよ」

 ヴォルダガッダにとって、これが当たり前のことだから。今までがおかしかったのだ。こうでなくてはいけない。
 ヤツはこのオレから離れた。距離を取った。逃げようとした
 それが自分の意志による逃亡行動であるかは斟酌しない。一度ヴォルダガッダと殺し合っていながら、決着もつかないうちに離れてゆくなんざ許さない。それは駄目だ。ありえない。そんなことではいつまでたっても「空漠の荒野」に辿り着けないではないか。
 だから、ほら、罰を受けろ。
 オレがつけた傷はオレとテメーを繋ぐ絆だ逃さないし離さない離れれば離れるほどその傷は大きく深くなる殺し合おうぜ最後まで

 ――歪律領域ヌミノース
 己が悟りを精霊力に乗せて世界に押し付ける魔法奥義。

「それはひとつの小世界の創造にひとしい行いだ。オークの身でよくぞ……」

 感嘆の眼差しが、ヴォルダガッダに注がれた。

「いってええええええええええ!!!!!! いってええええええええええよクソがァッッッッ!!!!!!」

 地をのたうち回っていた敵が、やたら元気よく跳ね起きた。

【続く】

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