ただひたむきに、生きようとした
「特別な力が備わった代価、なのでしょうか。シャロンは生まれつき、魔力がとても少ない子でした」
「……それは……」
オブスキュアにおいて、魔力が少ないということが何を意味しているか、フィンにはもうわかっていた。
「ギデオンは、とても自分を責めていました。自分などの血が入ってしまったから、こんなことになったのだと」
「そんな……」
「だけど、あの子は折れませんでした。芯の方は強いものを持っていたから。現在シャーリィに宿っている神統器〈哀しみよりも藍きもの〉は、当時はシャロンを見初めていました。それを使って、あの子は……」
込み上がってくるものに耐えるように、シャラウはぎゅっと目を閉ざした。
「……命を、削り始めました」
●
〈哀しみよりも藍きもの〉。
シャロンを見初めた神統器は、精霊力を魔力へと即時変換する権能を持つ。
精霊力とはすなわち世の万象を司る力であり、物理現象に対して直接作用するエネルギーである。
生命力、と呼ばれるものも、精霊力の一種であった。
自力では出産権を勝ち取れるほどの魔力を得られそうもなかったシャロンは、自身の生命力を少しずつ魔力に変換することで、森への供出を補おうとした。
シャラウも、ギデオンも、そして恋人すらも、その無謀な荒行を止めた。
だが――シャロンは瞳に静かな決意を湛えて首を振った。
――ひとりで良いの。たったひとりだけで。それ以上は何も望まないから。
シャロンは、年を数えるごとに少しずつ痩せ衰えていった。
女王は深く胸を痛めたが、強く止めることができなかった。
どの道世継ぎは絶対に必要なのだから。親としてではなく女王として、シャロンを止めることはできなかった。
そして、王家の女らしく豊富な魔力量をもつシャラウが二人目の出産権を得る頃になっても、シャロンに許可は下りなかった。
母は、娘に出産権を得たことを黙っていた。言えるはずもなかった。女王ではなく親として、娘の努力を踏みにじるようなことはできなかった。
――きっともう少しだから。あとひとふんばりだから。待っててね、母上。
落ち窪んだ目で、必死に笑いながら、シャロンはそう言った。その肌は土気色にひび割れ、かつての愛くるしさは見る影もなかった。
見るに見かねた女王は、幽骨を通じて森の意志との交渉を試みた。自分の出産権を娘に譲渡できないかと。
それは前代未聞の不敬であった。森の意に口を挟むなど、たとえ女王でも許されることではない。
だが――森はシャラウを咎めることはなかった。ただ声ならぬ声で、譲渡など不可能であることを伝えただけだった。
自分があの子の代わりにもっと大量の魔力を供出するから――などと言い縋るも、森はそれきり、何の反応も返さなかった。
かの大いなる意志は、最初に敷いたルールを曲げるつもりはないようだった。そのような前例を許せば、今後も際限なく許さざるを得なくなるから。
女王として、その考えは理解できた。だから森を憎むこともできなかった。
そして。
ある日。
その時が、訪れた。
●
「シャロンは、長年の痛苦が報われ、ついに出産権を獲得しました。森は真っ先に、私にその啓示を授けてくれました」
本来ならば朗報であるはずの言葉だが、シャラウの声は沈んでいた。
「国を挙げて、お祭り騒ぎになりました。誰も彼もがシャロンのために涙し、笑い、歌いました」
その光景を、フィンは如実に想像できた。情深きエルフたちのことだ。皆とても喜んだはずだ。
たぶん、自分たち三人の歓迎の宴よりも強い気持ちが込もっていたのだろう。
●
祝祭は数か月に及んだ。
命を魔力に代える荒行をやめたシャロンは、祭の間に見る見る元の美貌を取り戻していった。
王国の民はこぞってシャロンのもとに押し寄せ、寿ぎの言葉とともに痩せ細ったその体を抱きしめた。
痛ましい姿に皆涙を流し、つらかったね、がんばったねと労わった。
シャロンは、はにかみながら抱擁を受け入れた。
その様を見て、シャラウとギデオンは微笑み合った。
きっとこれからすべて良くなっていく。そう信じられた。
――母上、父上、ありがとう。
笑顔でそう言うシャロンの姿は、溢れんばかりの幸せで満ち満ちていた。
その報がもたらされるまでは。
――敵襲! 敵襲です! オークどもが!
終わりの始まりであった。
騎士たちは慌ただしく甲冑を着装し、〈聖樹の門〉から出撃していった。
その中には、シャロンの恋人の姿もあった。
あとで宴のつづきをしよう、と言い残し、彼もまた南部の最前線へと向かっていった。
帰ってきた時、恋人は死体になっていた。
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