お悩み人生相談(物理)
双腕に、神統器の重みを感じる。
リーネは困惑に眉尻を下げながら、とりあえず踏み込もうと肉体の中で重心を移動させた。
外からは、まだ動きも何も見えない。身じろぎという言葉すら過言なレベルの、ただの体重移動だ。初動ですらない。
「いかんな、リーネどの。」
――にも関わらず、額を鞘の端でこつんと叩かれた。
どっと冷たい汗が出てくる。
「小生はあなたの命を狙う敵である。そのような気もそぞろな体重移動、見抜かれて当然であるぞ。」
神域の武才だ。先の機をここまで早い段階で突かれたことなど、ここ数十年なかった。
唇を噛む。話していてまったくそんな気がしないが、ソーチャンどのの実年齢はリーネよりずっと下である。
――騎士になると決意して、百年。わたしは何をしていたのだろう。
オークという、すでに対処法が完全に確立されている相手しか敵として現れなかったという事情こそあれど。
嫉妬と劣等感が胸を苛む。
「……っ!!」
気持ちを吹き飛ばすように腹の底から声を上げた。〈異薔薇の姫君〉を薙ぎ払う。
剛風が吹き荒れ、周囲の落ち葉が扇状に吹き飛ぶ。
とん、と後頭部を突かれた。
「く……っ!」
悔しさに突き動かされる。振り返りざまに斬撃。視界の端で消えゆく黒き残像を負ってさらに踏み込――もうとして硬いものに足を引っかけられ、転倒する。
ふわりと抱き留められた。彼の胸に顔をうずめる形。
反射的に顔を赤らめ、突き飛ばすように離れる。
「命を狙う敵ではないのですかっ!」
「で、あったな。」
総十郎は秀麗な面に剣呑な笑みを張り付かせた。
「では遠慮なく。」
鯉口が切られ、直後に剣光が瞬いた。
リーネは不気味な感覚が肉体の中を走るのを感じる。冷たく、硬く、唸りを帯びた、そのぞっとする感触。
直後、背後に人の気配。
「三度。死んだぞ。」
「うぅっ!」
透過の太刀。容赦なく斬られた。
刃に神韻が宿っていなければ、間違いなく死んでいた。
だが、この間合い。総十郎は恐らくこれは予想しないはず。
リーネは鋭く呼気を吐き、神統器から手を離した。
腰のベルトに下がっている柄を握り、抜き打ちのように一閃させる。
幽骨剣。騎士のたしなみだ。
黒影が、宙を舞った。
離れた間合いに着地。
面白そうに目を細めている。
いつも紙一重でかわす彼にしては大袈裟な回避行動だ。
幽骨剣を両手に握りしめる。切っ先を後ろに流し、裂帛の気合いとともに突進。上腕に挟まれた乳房がわずらわしげに歪む。
相手の動きを見る。いまだ神韻軍刀をだらりと下げたまま、何のアクションも始めていない。呼吸も読めない。
間合いが詰まる。斬撃に備えて息を吸う。
――瞬間に射込まれてくる神韻軍刀の切っ先に対し、両の胸乳を跳ね上げて重心変化。はじかれるように仰け反った上半身のすぐ上を、凛冽な刃が擦過していった。両胸の間を刺突が通り抜けていったので、神韻が宿っておらずとも負傷はない。
ようやく、彼の一手を凌いだ。やはり総十郎はこちらの呼吸を読んで攻めかかっている。それさえわかっていれば、わざと呼吸を見せて誘い出すことも可能だろうと思ったのだ。
宙返りざまに思い切り蹴り上げる。空間に焦げ跡を残しそうな蹴りは、しかし空を切った。そのまま宙返りし、宙転し、ぐっと体を丸める。放物線の頂点で豊麗なる双丘を下に打ち振るうと同時に下半身のバネを開放。空中で後転から前転へとシフトし、大上段からの渾身の一撃を叩き込む。
それも――ただの一撃ではない。自らの体をもって、得物を総十郎の目から隠している。
両手には幽骨剣が握られている。だがそれを、振り下ろす瞬間に手放し、〈異薔薇の姫君〉と入れ替える。
間合いを、読み誤らせる。
雄々しき咆哮とともに、隕石のごとき質量とともに、重々しき剛風とともに――
叩き、込む。
己と、神統器の繋がりを強く感じる。その絆をよすがに、質量増大の権能を行使する。
深く、強く、意志と力と記憶を交感する。
その、瞬間。
流れ込んでくるものがあった。
かつての、誰かの想い。
ただの白昼夢とは明らかに異なる、整合性を持った感情と記憶のタペストリー。
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