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彼らの真(マコト) #2

  目次

 総十郎は、胸中でギデオンの言葉を反芻する。
 女性の権利が叫ばれ始めている総十郎の世界の感覚からすれば、いささか古臭い男女観ではあった。
 だが――否定はできない。時代によって相応しい価値観は異なる。民主主義や資本主義が、いかなる時代においても常に最適解かと言われればそんなことはまったくないのと同じだ。

「……それが、御身のマコトであるか。」
「貴様の理解など求めてはいない。さっさと来るがいい。長々と私の時間稼ぎに付き合ってくれて感謝するとも。この上すぐに死んでくれればさらに良いのだがな」
「時間稼ぎ、とな?」
「それ以外の何だと思っていたのだ? さぁ、煉獄滅理はもうすぐ溢れ出す。森の終焉がすぐそこまで迫っている。歴史的な瞬間だ。歓喜に耐えぬな」
「いゝや、違うな。」
「……なに?」
「時間稼ぎをしてゐたのは御身ではない。小生である。」
「何を――」

 不意に、
 何の前触れもなく、
 空間を律する法――煉獄滅理が、圧を増した。

成ったか・・・・。」

 どこか緊張を孕んだ面持ちの総十郎。
 軋みを上げる王都シュペールヴァルク。まるで苦悶に身をよじっているかのようだった。
 圧迫感が跳ね上がっている。もはや水中にいるのかと錯覚しかねないほどに。

「何だ!?」
「当然ながら、煉獄滅理とやらが今この瞬間何の理由もなく強化されることなどあり得ぬ。そうではなく、これはむしろ逆――」
「何を言っている!」
この周囲を満たす法・・・・・・・・・が強くなったが為に、煉獄滅理の支配領域が狭められ、それが圧の上昇と言う形で我々に感じられてゐるのだ。」
「森の……歪律領域ヌミノースだと!?」
「……小生、恥ずべきことであるが節を曲げた。本来、異世界よりの客人まれびとには許されざる暴挙である。だが、オブスキュア王国の国家元首たるシャラウ陛下の要請に応え、また自らの中にあるヱルフ族への個人的好意から、この冒涜に踏み切るに至った。」

 物憂げに、空を見上げる。夜明けは近い。

「シャロン殿下の悲劇は、森の意志の融通の利かなさがゆえに起こったことである。最初に定めた法を順守することしかできず、状況に応じて柔軟な対応を取ると言うことができなかった。」
「そうだ。ゆえに森は滅ばねばならぬ。こんなものにしがみついていては、エルフ族に未来はない!」
「だが一方で、森の意志があったからこそヱルフたちは幸福で満ち足りた暮らしを送り、そして善良な性を守ることができた。小生、この善良さを愚かだ、無価値だ、と断ずることはどうしてもできぬ。物欲を持たず、他者を疑わず、善行を成すことに理由を求めない。それは疑いなく美しい在り方である。本来、世界とはそのような場所であるべきだ。無論、現実はそうではない。だが、だからといって「理想的ではない現実」を無批判に全肯定するなど単なる思考の停止である。我々は常に前に進むことを考えねばならぬ。理想的ではない現実を、それでも少しでも理想に近づけようと足掻く者のみが、「現実」を語る資格を持つ。」
「私が、理想を抱いていないとでも? エルフがエルフらしい善良さを維持したまま未来永劫生存し続ける――そんな甘い結末を、望んでいなかったとでも言うのか……!?」
「御身は今、現実に、ヱルフたちに善良さを捨てさせようとしてゐるではないか。現実を見てゐると言えば聞こえは良いが、つまるところ妥協し、理想を捨てたのだ。もっとも、それに関して御身に責を問うつもりはない。これははっきり言って、単に「知ってゐた」か、「知らなかった」かという違いでしかない。御身は御身のできる限りで最善を尽くしたのであろう。そこは疑ってはおらぬよ。」

 総十郎は息をつき、頭をかく。

「……どうもいかんな。傲慢な物言いになってしまう。ギデオンどのより小生の方が優れてゐる、などと言いたいのではない。その知識・・・・を得ることができる世界に生まれたか否か。要するに運の良し悪しの問題でしかないということだ。」
「その知識、だと?」
「――知能の本質とは、なんだと思うかね?」

 唐突な質問にギデオンは面食らった様子だったが、やがて口を開いた。

「過去の経験より学習し、より効果的な立ち振る舞いを獲得することだ」
「さよう。そして森の意志は、これまで学習とその反映を効果的に行うことができなかった。――なぜか?」
「……」
「何が重要で、何が重要でないかを、識別することができなかったためである。ゆえにヱルフたちの願いを聞き入れる、という形でしか判断ができなかった。」
「だったら、何だと言うのか。貴様にそれが変えられるとでも?」
「精霊力を媒介とし、神話環ミッシングサヰクルを結節点とした、大規模な情報処理回路――それが森の意志の本質であるが、問題なのは「偶然の一致」をすべて意味のある相関関係だと勘違いしてしまってゐた点である。たとえば、大角鹿の禁猟期に、出産権を獲得する女性にょしょうが連続して現れたとする。誰がどう見ても単なる偶然の一致であり、そこに何の因果関係もないことは明らかだが、森の意志にとってはそうではない。適切な禁猟期の指定を行わなければ大角鹿が絶滅する、というのと同じくらい重要な事象として、この「偶然」を学習してしまう。無論、たゞの偶然であるから、のち/\それに反した事象はいくらでも出てくる。森はそれらすべてを等しく学習し、しかし矛盾する情報群を前にして妥当な結論を下すことができず、「この件についての判断は保留する」という対処を取るしかなかった。これが、今まで森の状況対応能力が我々とは比較にならぬほど遅かった理由である。」
「……」
「いかにして「無意味な偶然」と「因果関係」を区別すればよいのか。小生の世界において、星気計算機を内蔵した自動女中オゝトメヰドの研究が進んでおり――いや、これは別に理解する必要はないが、ともかく器物に知能を持たせようと言う試みが盛んである。その流れの中で、ひとつの方法論が提唱されてゐた。判断の主体を多段構造にする・・・・・・・・・・・・・という発想である。」
「……」
「おっと、何を言ってゐるのかまったくわからぬという顔であるな。では小生がシャラウ陛下に掛け合って、この周囲の森に実際に施していたゞいたことだけを端的に述べるとしよう。まず、森の木々を、その樹齢によって三つの集団に分ける。千歳未満の若木、千歳以上五千歳未満の壮年木、五千歳以上の老木、である。当然ながら、これら三集団は位置的に集まってゐるわけではなく、それぞれの樹齢層が均等に混ざり合った形で森を形成しておる。」
「……」

【続く】

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