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彼らの真(マコト) #1

  目次

 噛み合い交差する刃ごしに、総十郎は炯と睨みつける。

ようやく打ち込んでくれたな・・・・・・・・・・・・・? 渾身の一刀、確かに受け取った。――マコトを示せ! ギデオン・ダーバーヴィルズ!! 御身の真実を!!」

 剣身一如。魂の込められた打ち込みは、神韻軍刀と共鳴し、胸を締め付けるような哀切を帯びたひとくさりの旋律と化した。
 途端、ギデオンの肉体が大きく痙攣し、秀麗なその顔が引き歪んだ。
 総十郎は飛び退って間合いを取る。十指を複雑に絡ませ、次々と印を連続して結んだ。手指が風を切る音が聞こえてきそうなほどの早業。

「毎自作是念・為何令衆生・得入無上道・速成就仏身・於我滅度後・応受持斯経・是人於仏道・決定無有疑――」
「黙れッ!」

 闇黒の魔剣が幾重にも折り重なる軌跡を描き、周囲に満ちる神韻をかき消さんと刃風が荒れ狂った。
 総十郎は軽やかにその斬間から逃れる。

「――南無妙法蓮華経・以仏教門・出三界苦・毎自作是念・以何令衆生・得入無上道・速成就仏身! 苦しむなかれ黒き御霊、汝の根源を詳らかにすべし!」

 最後に懺悔の権能をも持つ観音菩薩の力を呼び込む印を切った。
 ぐっと力を込める。ギデオンは剣を取り落とした。頭を抱えて苦悶しはじめる。からりと転がる〈黒き宿命の吟じ手カースシンガー〉。
 そして、神韻軍刀が、言葉を発した・・・・・・

〈――気づいた時から痛ましかった〉

 刀身が殷々と身を震わせ、ギデオンそのものの声色を発し始める。

「何だッ!? これはッ!?」

 愕然とした目を向けてくるギデオン。

〈――我が母も、我が祖母も、常に瞳の底に哀しい色を押し隠していた。哀しいのかと問うても、なにも哀しくなどないと微笑まれるばかりであった〉

 あまりに不可解な現象に、幽鬼王レイスロードは二の句が告げない。
 総十郎は厳粛にその声を受け止めた。

〈――皆、どこかで我慢をしていた。耐え続けていた。無理をしていた。皆の忍耐によって、この国は成り立っているのだということを知った〉

 ギデオンは、ひとつ息をつき、刀身から発せられる言葉を継いだ。

「……それでも、この体制が未来永劫つづいてゆくというのならば、交換条件として呑めなくはなかった。女たちの苦しみと悲しみを代価に、オブスキュア王国は永遠の安寧を謳歌する。誕生から二十年で肉体的に成熟し、それ以降の生涯すべてが結婚適齢期となるエルフ族――好きなように子を成そうものなら、森の恵みはあっという間に食らい尽くされてしまうであろうことは考えるまでもなく明らかだったから」

〈――皆の豊かな暮らしのために、魔力にさほど恵まれていない女たちは涙を呑んだ。その在り方は尊く、美しく、哀しかった〉

「男として生きるとはどういうことなのかと、私は常に考えつづけてきた。女たちの涙によって購われた平和と豊穣を享受するだけで終わるのであれば、それは寄生虫と変わらぬ。彼女らの涙を拭うために立ち上がらずして、何が男か」

〈――そして私は知る。人族の帝国の内情を。その意識のありようを。彼らは、自らの努力によって暮らしはより良く変わりうると考えているようだった。これはまったく、驚異的な思想と言うほかない。なんという不遜か。神々の定めた摂理を超え、この世界のありようを変えようとしているのだ。そして事実、その努力は功を奏しつつある〉

「祖先の伝統と信仰を受け継ぐことで「今」を守ることしか考えなかったエルフ族にはない、強靭なものを秘めた種族であった。彼らは「未来」を見ていた。帝国魔導八芒大系マギ・オクトグラムは言うに及ばず、貨幣や冶金術、高度に効率化された法制度、そして鋼鉄なる物質の発明――それらはすべて個人レベルの努力の産物などではない。行政機関が金を出し、技術が発展して富を生み、さらに行政が金を出す余裕が生まれる。破壊的なまでに生産的な技術と富の循環構造。さらには神の創造すらしてのけた。彼らの信仰は勃興と習合を繰り返し、混沌たる需要を満たしつづけている。恐らく、我らの聖樹信仰すらも、何の抵抗もなくその神話体系のなかに組み込んで消化してしまうことであろう」

〈――勝てぬ。それを思い知らされた。我らエルフがほんのひとときぼんやりと物思いに耽っている間に、人族は凄まじい速度で進歩し続けている。いずれ彼らの脳裏から、エルフ族に対する畏敬の念が消えて失せるのは時間の問題であった。百年後は大丈夫であろう。二百年後も恐らく大丈夫であろう。しかし五百年経過してなお今の暮らしを捨てられぬとしたら――エルフ族が培ってきた文化も、尊厳も、なにもかも踏みにじられ、食い物にされるほかない。それだけの圧倒的な力の差が生まれているゆえに。そうなる前に、ことを起こさねばならなかった〉

「幸いにして、エルフ族には明らかに有利な点があった。生涯に対して占める労働と生殖の可能な期間の割合が、圧倒的に多いのだ。もしも森の軛さえ外すことができたなら、頭数の力によってエルフはこの世に一大勢力を築ける。というより、それ以外にエルフが人族に対抗する手段は、恐らくない」

〈――人族がいまだ弱かった頃ならば、森の意志の元に課される出産制限も、立派な生存戦略として機能した。だがもはやそのような時代ではない。森はエルフなくば生きられぬが、エルフは森から出ても生きていける。巣立ちの時が来たのだ。森の意志は変化に対応するということがほとんどできない。これからの時代のエルフの護り手として不足に過ぎる〉

「その最たるものが、この私自身がいまだに転移門を開くことができるという事実である。まったく、愚かしすぎて愕然としたものだ。自らを殺そうとしている猛毒を、ただエルフだからという理由だけで自由に通行させているのだ。森の意志、などと言うが、本当は知能などないのではないのか? こんなものが人族の欲望からエルフを守ってくれるなどと、私には到底信じられぬ」

 そしてギデオンは――胸の前で拳を握りしめた。そこに宿ったものを、もはや決して手放さぬというように。
 本人と、神韻軍刀。二つの声が重なり合い、ひとつの言葉を成す。

〈――森に虐げられてきた女たちよ。魔力なき血筋などいらぬとばかりに切り捨てられてきた美しく哀しい者たちよ。私がお前たちを解放する。好きな男と契り、好きなように子を成すがよい。お前たちの笑顔をもって初めて、シャロンの生と死には意味が生まれるのだ。それだけが慰めで、それだけが供養である。我が最初の娘の死を、無意味に堕すことだけはできぬ。してはならない……〉
「――そして、女の涙のおかげを被ってきた男たちよ。猶予期間モラトリアムは終わった。緑の牢獄ゆりかごの中で安穏と微睡んでいられる時代は終わったのだ。生きるとは、戦うことなり。これまでお前たちを涙ながらに護ってきた女たちを、今度はお前たちが守るのだ。その双腕と、機知の限りを尽くして、身を挺してな。お前たちにはその義務がある。男の価値とは畢竟、女を守ることである。今までが異常だったのだ。それを理解せよ」

【続く】

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