強さと、弱さ
「フィン……どの……」
リーネにはわかった。彼が自分を救うために、何か大きな代償を支払ったことを。
そのちいさく稚い手に自らの指をからませ、包み込んだ。
「すまない……と言えばいいのか……ありがとう、と言えばいいのか……」
目尻に涙が浮かび上がる。
こんなに小さな子供が、他者のために自分を犠牲にした。
「でも、だめだ……こんなこと……」
あなたはまだ守られてあるべきなのに。
こんなことは間違っている。この状況は間違っている。
なのに。
あぁ、なのに。
「わたしは……わたしは今、あなたに治してもらえて、心底ほっとしているんだ……片腕を失わずに済んで、泣きたくなるほど安堵しているんだ……っ」
唇をかむ。自分が情けなかった。
どうやって報いればいいのだろう。どの面を下げて、彼に「自分を大事にしろ」などと言えるのだろう。
この、まだまだ母親も恋しいだろう幼い人に、犠牲を強いてしまった恥辱を、どうやって雪げばいいのだろう。
答えはなく、出口も見えない思考。
脂汗の浮かび上がるフィンの頬を、思わずどきりとするほど美しい指先が撫で、掌で包み込んだ。
「殿下……」
視線を上げると、シャーリィは厳かに首を振った。
あなたが泣くことを、彼は望んでいない――そう口の中で含みながら。
「うう……」
それはわかる。わかるが――
ちょいちょい、と手招きされたので、膝立ちのままにじり寄る。
そして、耳に唇を寄せられた。
――あなたが傷つくと、わたしも痛い。
顔が離れてゆく。その頬に、うっすらと涙の跡が残っていることに、リーネは気づいた。
そして、この小さな主筋が、どんな思いで自分とフィンの死闘を見ていたかを思い知る。
「ううぅぅぅ、殿下ぁ……!」
ぽろぽろと熱い涙をこぼして、シャーリィを抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう、フィンどの……」
いつまでも、そう繰り返していた。
●
――これで三度目、である。
鵺火総十郎は不可解な事態に囚われていた。
恐るべき速度で襲いくる戦鎌に、自らの神韻軍刀を添え、いなすように力の向きを変えて受け流す。
紙一重ほどの距離もないところを紅刃が通過し、髪や衣服をなぶってゆく。
――素直な戦技である。
総十郎は、このオーク個体の実力をすでに見切っていた。確かに凄まじいと称してよい手練れであり、圧倒的な膂力も脅威だ。
しかし、総十郎にしてみれば十分に余裕を残したまま対処可能な相手である。現に今もかすり傷ひとつ負っていないし、いかなる消耗もない。
だが。
「オラ死ねやァァァァ!!」
絶叫とともに繰り出される袈裟懸けの一撃をぬるりとかいくぐると、柄を握る巨大極まる拳に手を添え、相手の勢いにわずかな力を加えた。
オークの巨体が冗談のように宙を舞う。
神籟孤影流斬魔剣、武式肆伝――〈|虚《とみてぼし〉〉。
切断された左腕の切断面から流出する血飛沫が、渦を巻くように撒き散らされる。
黒い甲冑の破損個所が、回転しながら総十郎の前にさらされた。
紅い濁流の一滴一滴を悠々とかわしながら、刃を一閃させる。
ぎゃりん、と不快な金属音。
――またか。
四度目、である。
見れば、総十郎の斬撃は、不規則にのた打ち回る鎖の棘に引っかかり、オークの体にぎりぎり達していない。
決めるつもりで放った撃刀を、四度も凌がれるなどかつてないことだった。
負ける要素はない。ただ速いだけの愚直な斬撃など何万回繰り返そうが総十郎の肉体に触れることはあり得ない。
だが、不自然なまでに仕留められない。
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