見出し画像

赫々たる戦域

  目次

 無論、物質透過の太刀が機能しない状況に慣れていないという点は加味すべきだが、それにしても、だ。
 激烈な咆哮と同時に紅い斬跡が閃く。しかし肩と腰の動きからたやすく軌道は予測できていた。

「その手はしゅうござる。」

 伸びきった腕に一閃。人間相手ならば腕を斬り落として戦闘能力を奪う一刀だが、オークの腕は太過ぎた。斬撃半径の中に骨すら入っていない。
 なのでそれは構わず、相手の懐に潜り込む。むせ返るほどの血臭と体臭に顔をしかめる。
 黒鎧が破砕され、剥き出しとなった緑の肌に、雷光のごとき刺突が吸い込まれた。
 鍔元までオークの巨体に埋没する。いくつかの臓器を貫いた手ごたえ。

「しゃらくせェッ!!」

 即座に肘が降ってきた。悠然と刀を抜――抜けない?
 凄まじいまでの筋密度と収縮によって、得物を咥え込まれてしまったようだ。
 宙を揺れ動く羽根めいた軽功で、破城鎚のごとき肘打ちから逃れる。
 ふわりと着地。その手に神韻軍刀は――ない

「はハぁ、ケーセーギャクテンってヤツだなァ、オイ」
「おや/\、貴様ほど思考する脳みそがないと、この状況がそう見えてしまうのであるか。哀れなことよな。」

 小馬鹿にしつつも、驚嘆する。
 死なない、どころか動きに消耗が感じられない。
 すでに幾度となく体を切り刻まれ、大量の血を流したというのに。
 実に興味深い。驚くべき生命力だ。

 ――だが無意味だ。

 彼の手から離れた神韻軍刀が、いまだに音叉のごとく震えている。
 ここからではもはや聞こえぬが、神韻を発している。
 それは、伴奏、である。
 世界は神の一声より始まった――という信仰が欧州全土に根付いているが、音の届く範囲を世界と定義づけることによって、術の効果範囲を限定する手法は、魔術師たちの間では一般的なものの一つであった。
 艶やかな唇が、その韻律を発する。

「仏性なき厭魅の破却を希う。かかる三千世界を護摩と成し、迦楼羅焔の威光にて祓いたまえ清めたまえ――」

 伸ばした人差し指の腹同士を合わせ、残る四指を複雑に組み合わせた根本印を切る。
 穏やかに緩んでいた目元が、ギン、と尖った。

「――火界咒・金剛手最勝根本大陀羅尼!」

 瞬間、オークの全身が、眩く燃え盛る炎に包み込まれた。
 ほとんど白に近い、猛烈な光量だ。思わず目を細める。渦巻き、荒れ狂いながら、かの悪鬼の魂にこびりついた罪障を燃料として猛り狂う。
 不動明王氏本人が用いれば、全宇宙を救済の炎で舐めつくすほどの絶大な効力を持った呪法であるが、総十郎ならばせいぜいが数十メートルの範囲が限界である。それでも広すぎるので、神韻による簡易的な結界をもって半径数メートルまで縮小させた。呪法の性質上、範囲をただ狭めただけでは出力まで下がってしまうため、こういう手管が必要なのである。
 燃え立ち、荒れ狂えど、見えない球体に閉じ込められているかのように炎の舌が伸びる範囲は定まっている。
 しかし、なんという熱量か。普通の人間が、その一生涯で犯すすべての罪を合わせても、たしなめる程度の軽い火傷で済むはずである。
 いったい、このオークはどれほど無意味な殺生を続けてきたのか。
 同族を何人殺めれば、ここまで凄まじい火勢となるのか。

「散滅せよ悪鬼。貴様の救いはそこにしかない。」

 不動明王氏の慈悲は無限だ。この炎で燃え尽きれば、来世ではもっとマシな存在に生まれ変われるはずである。
 大気を引き裂く苦悶の咆哮を聞き流しながら、総十郎は「早馳風の神、取り次ぎたまへ。」と呟き、踵を返した。
 ……その直前。

「ウゥ……ガァァアァァァァアアアアッッ!!!!」

 オークの火達磨が、動いた。
 脇腹に刺さった神韻軍刀を引き抜き、大きく振りかぶってこちらに投げつけてきた。
 火界咒は神韻軍刀を起点として発現している。その起点が離れれば、オークの肉体を焼き尽くそうとしていた炎は当然のように消え失せる。

「――うむ?」

 総十郎は、さすがに首を傾げた。即座に火界咒を解除し、高速回転する刀の柄を見切って掴み取る。それだけでは勢いを殺し切れず、刀身を爪弾いて慣性中立化の神韻を宿らしめ、ようやく体勢を取り戻した。

「アアァアアアアアァァァァァァアアアアアアアアッッ!!!!」

 視界が陰る。直後に総十郎のいた地点が爆砕。
 大戦鎌を振り下ろしたオークの背後に、制帽を抑えながら優雅に着地した総十郎は、不可解げに目を細めた。

 ――速くなってゐる……?

 馬鹿な、と首を振るう。片腕を断ち落とされ、切り刻まれ、大量の血を失い、臓腑を深々と刺し貫かれ、とどめに体の内側から救済の焔で焼き尽くされ――それで死なぬというのなら、まぁそういう生き物だということで納得できなくはないが、最初の時点より明らかに実力が向上しているなどと――なにがどうなっている。
 事ここに至っても、総十郎は完全に冷静であった。ありえない、などという己の狭い偏見よりも、客観的事実のみを重視した。
 初めて刃を合わせた時点では、その動きは総十郎の動体視力の範疇にあった。寝惚けていてもあしらえる程度のものだ。
 だが、今の一撃はわずかながらこちらの動体視力を上回っていた。回避ができたのは、敵の呼吸からタイミングを予期し、肩と腰の動きから軌道をも予測していたからだ。
 思えば違和感は前々からあった。実力で明らかに劣る相手を、なぜここまで仕留めきれない?
 条理の範疇にない、何らかの力が働いてはおるまいか

【続く】

こちらもオススメ!

私設賞開催中!


いいなと思ったら応援しよう!

バール 小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。