友よ、わが友
――ヴォルダガッダ。
――おぉ、ヴォルダガッダよ。
ギデオンは腹の底から吠え猛る。
仇敵に。旧友に。満身の想いを込めて。
「お前のように在りたかった! お前のように生きたかった!」
もう戻っては来ない、誰かを抱きしめることができた頃の人生。
その時にこそ、本当は気づくべきだったのに。
「本当に大切な、たったひとつのもの。それだけを見据え、それだけを求め、ただ前に進み続けた! そんなお前が眩しかった! 迷ってばかりの私は、どこかで泣きたくなるほどお前の在り方に焦がれていた! その気持ちは今も変わらん! 友よ! 我が、友よ!」
処刑剣が斬撃のタペストリーを編み上げ、虚無の「面」を形成。
そこにのたうつ紅き鎖が殺到し――静止。
微動だにできなくなる。
時間の止まった空間に触れ、絶対なる永劫に囚われた。
「ヴォルダガッダ、お前の生きざまは美しい! 目に焼き付くほどに! お前の鮮烈さに、きっと世界は耐えられぬ! ならば私も変わろう! かつて生者だった頃のように! 時が止まってほしいほど愛しき幸福だけを見据えよう! お前が殺すというのなら、私は断じて守るとも!」
それが、奴と向き合う最低限の礼儀だと思ったから。
気高く尊き殺戮の王に捧ぐ、礼讃と弔辞。
だが――〈黒き宿命の吟じ手〉と噛み合っていた紅刃が身を引き、別角度からギデオンに迫る。巨神の膂力は乗らなくなるが、〈終末の咆哮〉は自律して動くこともできる。
『そウかい〈鉄仮面〉……イいと思ウぜ……オレにはワからネえが……テメェがマジだッテことだけはわかルッ!!』
伸び、のたうち、殺戮の神の下知を伝える。雷光の速度で風を切り、大気が絶叫を上げる。
闇色の刃が幾重にも閃き、鏖殺鎌の暴威を受け止め続ける。衝撃吸収の権能に、〈黒き宿命の吟じ手〉が目も眩まんばかりの闇を宿す。
『いいもんダよなァ!! マジに生きルってのはよォッ!!』
「あぁ……あぁ、そうだなッ!!」
無数の、無限の、無量の想いを殺意に変え、二者は斬撃を言語として語り合う。
結果がどうあれ、これが間違いなく最後の機会だったから。
この動乱で培われた、奇妙な絆。その終着を、二人とも確信していたから。
●
フィンは、唇を噛んで見ていることしかできなかった。
ことごとく次元の違う攻防であったから。
アゴスの斬撃を、フィンは視認できない。ただ総十郎の陽炎のごとき動きから、残る最後の一振りの軌跡を事後承諾めいて推察できるだけだ。
――だからこそ。フィン、お前は……お前だけは、滅びゆく良き人々のそばに寄り添え。手を握り、最期まで一人ではないのだと囁きかけられる、優しき戦士となれ。軍規や、理屈や、しがらみに囚われず、牙なき人の明日のため、最後の希望でありつづけろ。
――生きて、フィン。自分のために。責務なんてもう無意味なの。存在しないの。だから、お願い。逃げて。カイン人に戦いなんて挑んでは駄目。逃げて、逃げて、逃げ続ければ、ひょっとしたら世界のどこかに、カイン人の汚染に沈んでいない場所があるかも知れない。
二人の言葉が、優しさと哀しみが、胸で燃えている。
ちちうえと、ははうえの想いを、等しく受け継いで。
だからフィンは、片目と片腕が、熱を帯びていることに気づいた。
「フィンくん」
トウマが、不思議な包容力のある眼差しでこちらを見ている。
「その気持ちは、きっと大切なものだ。正義のために生きること。自分のために生きること。多くの局面で矛盾するこの二つの指針を、それでも止揚しなくてはならない。妥協して折り合うのではなく、そのどちらも活かし、互いが互いを高め合える。そんな統合が必要なんだ」
「歪律領域のように、でありますか?」
静謐な目の少年は、ゆっくりと首を振った。
「君はきっと、歪律領域に覚醒するには執着が足りないと思う。だけど、小世界になら至れるかもしれない。統合を行うのは「己と外界」ではなく、「己の中の二つの信念」だ。君は二つの想いを二重螺旋に縒り合わせながら、新たな命として目覚めなくてはならない」
「二つの、想いを……」
胸のうちのままならぬ何かを、必死に押し殺しながら、それでもフィンに手を伸ばし続けた、二人。
どちらの救いが正しかったか――なとという問いは意味がない。答えなど出るはずのない問いだ。
そうではなく、二つともが不可欠の要素として組み込まれた悟りでなくてはならない。
――それは。
「……救われるために祈るのではない。祈ることが救いなのだ」
いつか、礼拝のときに、偉い人が言った言葉。
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