昔いまし、今いまし、のち来たりたまう
神は我らを見捨てたのだという声がたくさん出る。そんな中で、信仰の道を説き続けた人だった。
彼は最期まで正義に生き、弱者に手を差し伸べ続け、信仰を捨てることはなかった。
彼の中で、「自分」と「信仰」は完全に合一されていた。
自分のために生きることが、すなわち信仰に生きることだった。
その生きざまは鮮烈で、眩かったが、誰にでもできることではない。
だからきっと、もっと素朴な、弱くあることを自分に許せるような、そうであると同時に看過しえぬ悪には立ち向かえるような、そんな赦し。
「トウマどの」
「うん」
「手を握ってほしいであります」
「こう?」
「はいっ!」
だからフィンは、縋るような微笑みを浮かべた。
「ひとりでは勇気が出ないので、いっしょに立ち向かってほしいのであります……」
「いいよ。君の頼みなら」
だから二人は、共に一歩を踏み出した。
一人では踏み出せないから。
二人で、その重荷を背負った。
それが悟りだったから。
フィンの肉体はこの瞬間、世界の理を外れ、小世界となった。
己のために生きるとも、ただひとり正義を貫く強さを持たぬとも、それでも。
誰かと寄り添えば、勇気は湧いてくるから。
つないだ掌の温かさだけが、優しき正義の種火となるのだと、フィンはもう知っていたから。
正義は容易く歪む。だがそれは、正義を放棄してよい理由にはならない。
正義は容易く暴走する。それでも、正義を放棄してよい理由にはならない。
――ぼくの正義は、人の輪の中にあるから。
ゆえにこそ。
その言葉が口をついて出てきた。
「――〈聖餐は教会のなかで、善良な司祭によって与えられようと、悪徳の司祭によって与えられようと、ひとしく神聖である。かつて使徒の時代にみゆべき業をもってあらわれたかの聖霊が、神秘の原理をもって聖餐に命を与えているからである〉――」
駆動文言。
弱くとも、献身の誓いを果たせずとも、正義を貫くことができずとも、それでも神と正義に奉仕はできるのだと――かつての自分には、到底受け入れられなかったその言葉を。
今、迷いなく、朗々と。
「――黄金錬成――」
フィンの片腕と片目から、鮮黄色の香気が沸き立ち、渦巻き、わだかまる。
少年の体を覆いつくしてゆく。
卑より、貴へと。
霊的な組成が変化し、変質し、錬成される。
光媒素の粒子が舞い踊る。吹き溜まる。
一歩、脚を進めるたびに肉が全一性へと回帰し、また別のものとなって戻ってくる。
一歩、前に進むたびに骨格が変生し、背は伸び、錬成防刃軍服が別のものへと作り直されてゆく。
「――天使受肉」
人間を優に覆う大きさの、純白の薔薇が出現していた。
開花する。純白の花弁が舞い散る。それは無数の白い羽根であった。螺旋に窄まっていた蕾が一斉に開き、その中心に人物が佇む。
白金の髪が長く垂れ下がり、前髪の狭間から無垢な瞳が覗いている。その顔は、フィンが数年成長すればおよそこのような顔つきになるであろう造形。
「フィン……くん……?」
その手を握ったままのトウマは、一瞬にして自分と並ぶ背丈となった少年を、目を丸くして見つめていた。
純白の修道衣を纏い、温かな光輪を頭上に頂く、有翼の少年。七つの翼が風車のごとく放射状に伸びていた。
フィンは、だからにっこりと笑った。
「フィン・インぺトゥスでありますっ!」
「よかった。お前は誰だ? なんて言われたらどうしようかと思ったよ」
初めて対等な目線で、笑顔を交わす。
そして――二人の少年は、致命の赤光が無数に交錯するキルゾーンへと。
踏み、入る。
瞬間。
フィンには見えた。天使の視覚が、その軌跡を捉えた。
人間とは比較にならぬ強靭な毛様体筋と、半液体とも言うべき柔軟な水晶体の作用によって、音すら切り裂く魔速の大神鎌をはっきりと視認した。
――みんな!
思考の速度で命令を下す。戦術妖精たちもまた、フィンと同じく天使化を果たし、小さな純白の修道服を纏っていた。
それぞれ小さな七枚翼を打ち拡げ、コイルを形成。マクスウェル応力によって磁束が濃縮され、2000テスラを超える超絶強磁場が形成された。
紅き滅びの切っ先を――トラップする。
だが。
「ぐっ……!?」
いいなと思ったら応援しよう!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。