血に洗われて眠る星
血の神の膂力は、想像も想定も遥かに超えていた。
戦術天使たちのコイルは、内側にS極、外側にN極の電場を展開し、超磁力による檻と化さしめることでその場に固定するものであった。極限のマイスナー効果による暴力。
アゴスはこの軛を単純な腕力だけで突破しようとしている。神域に至った膂力が、天使の封印を食い破ろうとしている。
じりじりと、血色の切っ先が前に進む。かすかに震えながら、殺戮の歓喜に唸りを上げ。
だけど。
フィンの胸にはもう、不安はなかった。
一人で背負い込まないと決めたから。
「あぁ、駄目だよ、ヴォルダガッダ。君はもう動いてはいけない」
横から手が伸びてくる。電子回路めいた紋様のある手袋に包まれた手が。
漸進してくる〈終末の咆哮〉に、ちょんと指先が触れる。
瞬間、フィンの高次化された感覚に、驚くべき理解が広がる。
磁束を神統器の内部に侵入させている。
「君はまったく興味ないだろうから言わなかったけど、〈終末の咆哮〉は超伝導性を持つ魔導金属と、何らかの神格の骨が混交して形作られている。この骨部分は完全導体ではないから、柄の方から磁界を侵入させられる。するとどうなると思う?」
トウマは悠然と微笑んだ。
――ピン止め効果。
不純物を含む第二種超伝導体にのみ現れる奇妙な特性。文字通り、空間のいち座標にピン止めされたかのごとく静止させられる奇跡。
だがそれは、言うほど簡単ではない。
磁束の量子化という離れ業を為さねばならないのだ。それがどれほど困難な技巧であるか、フィンには想像することもできない。
「詰みだよ、ヴォルダガッダ。楽しい時間は終わりだ」

そう――これにて、血の神アゴスの六本腕と大神鎌は完全に動きを封じられていた。
『デ? そレから? どうやってオレを殺ル気なんダ?』
その語気に嘲弄の色はない。あるのはただ、純粋な好奇心のみであった。
まるで幼い子供のように、次はどんな奇跡を見せてくれるのだろうと、目を輝かせている。
フィンとトウマの隣に、黒影が降り立った。
「――あゝ、そうだな。ケリをつけるとしよう。悪鬼の王よ、小生、貴様のことを侮っておったようだ。許してほしい。貴様は我が全霊をもって討つべき大魔なり。」
そして、ふとこちらを向く。
「見違えたな、フィンくん」
「え、えへへ……」
あまり余裕はない中、無理して笑う。
「やれ/\、これでは小生もおち/\無様なところは見せられぬな。」
肩をすくめ、血の神へと向き直る。
六臂すべてが封じられ、磔刑のごとく身動きが取れないでいる。
総十郎は鞘に収まった神韻軍刀を携え、アゴスの御前へと歩みを進める。
悠然と。
不遜ですらあるさまで。
「〈神韻探偵〉鵺火総十郎、一手奏楽たてまつる。」
●
――抜き打ち。
平素の状態から、不意に襲い来る危機に対して可及的速やかに対抗するために洗練されてきた技術体系である。
当たり前の話であるが、腰に差した鞘から抜き打つ以上、太刀筋は相当に限定される。戦闘手段として見た場合、抜いて構えた状態から繰り出される尋常の斬撃のほうが明らかに強い。
たまに活動写真のチャンバラで、抜き打った後わざわざ刀を鞘に戻してから第二撃を放つ剣士がいるが、あれはいったい何をやっておるのだろうかと総十郎は思う。
だが――総十郎は、ここで腰を落とし、抜き打ちに構えた。
鞘に収まっていることに意味があるから。
「神籟孤影流斬魔剣、龍式初伝――」
それは、人造の呪術。
神を祀り、絆を結び、加護や力を授かる神州大和の呪術体系とは異なる、人域の踏破論。
――刃が抜き放たれ、閃く。
だが、総十郎は、腕は愚か指の一本すら動かしてはいない。鯉口は切られず、柄と鞘はぴたりと閉じ合わされ――そして刃だけが走った。
『ヌゥッ!?』
斬光が通過する。一直線に。
それは、紅き巨神の体内を斬割していた。
人間で言えばちょうど心臓の位置に浮かぶ、嗜虐的に歪んだ魔導大剣に、浅く傷をつけていた。
汚染幽骨の固有振動数などすでに解析済みだ。そして、時空連続体への不正アクセスを可ならしめる龍式は、三次元空間ではなく、時間軸を駆け抜ける撃刀である。
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