あらあらうふふ
トウマ・クジミヤは、目を細めながら急速に元の形態を取り戻してゆく王都シュペールヴァルグを眺めていた。煉獄滅理の汚染は、もはや跡形もない。この世ならざるどこかへと召されていった友に、ほんのひととき黙祷を捧げた。
そして、皆の方へ振り返る。
結局、総十郎は一命を取り留めた。
大急ぎで駆け付けたフィンが、斬伐霊光をもってはらわたを中に押し込んでから切腹痕を縫合し、速やかに応急処置を済ませたのだ。
もちろん、銀糸は数時間で自然消滅するので、きちんとした治療は必要だが。
「ソーチャンどの! ぼくはちょっと怒ってるでありますよ!!」
「やぁ、すまないね。正直なところ君にこうしてもらうことを当てこんで、切腹などという無理筋を通したようなところがある。ふむ、しかし……」
総十郎は、トウマに目を向けてくる。
「自傷に対しては補正とやらが働かぬようであるな?」
「無敵型主人公の定義からすると、勝つための手段としての自傷はアリみたいだね」
「で、あるならば、そのようなものが存在してゐる理由とは……。」
「はいヤメヤメ!!!! あほか!!!! ラスボス戦終わってんのに小難しい考察してんじゃねーぞオラッ!!!!」
「あ、レッカどの、傷の具合は……別に大丈夫みたいでありますね」
「テメーなんだそのロリコンとの露骨な態度の差は!!!! もっと労われや!!!!」
「おぉーい! 皆さん無事ですかー?」
そこへ、リーネが駆け寄ってくる。女王シャラウを横抱きに抱えている。
傍らには、ケリオス、シャイファ、シャーリィもいた。戦いの間に目を覚ましたのか。
「シャラウ!」
そこへギデオンが出現する。
「大事ないのか?」
「え、えぇ、陛下はこの通り」
「そうか……あぁ、そうか……」
「ちちうえっ!」
駆け寄ってきた二人の娘たちと、何事か言葉を交わし始める。
その穏やかな顔を、トウマは言葉にならない想いで見ていた。
架空浸蝕はすでに消滅した。つまり、ギデオンに染みついた補正は力を取り戻している。
だが、黒神烈火のギャグ系主人公補正によって、その効果は上書きされている状態だ。
トウマの胸に痛みが走る。自分の――そして〈枢密竜眼機関〉の目的上、黒神烈火は絶対に排除しなければならない存在だ。ギデオンの、この微かな安らぎも、ようやく得た救いも、いずれ踏みにじらなくてはならないのか。
――だが、それでも。
「僕たちは、止まるわけにはいかないんだ、ギデオン」
「……? 何か言ったか?」
「いいや。あなたの大切な人が目を覚ましたみたいだよ」
瞬時に心を閉ざし、悠然と微笑みながら背後に親指を向けた。
「あふ……うぅん」
「! シャラウ!」
目を擦りながら起き出している美しい三人に、ギデオンは慌てて駆け寄り――すぐに思い直して一歩退いた。
彼と彼女たちの間に横たわる、三歩の距離。生者と不死者の、哀しい境界線。
「その、大丈夫か?」
「ええ……あなたは? その様子だと、帰ってきてくれるのかしら?」
「君さえ受け入れてくれるなら」
「ふふっ、お帰りなさい、愛しい人。あなたとまた暮らせるなんて、夢みたいだわ」
まるであどけない童女のように華やいだ顔で、ぽんと両掌を合わせた。
そんなお茶目な仕草もなぜかやたらと神々しいのがこの人のすごいところだ。
「それから、あなた」
ふと、女王シャラウはこちらに目を向けてきた。
おっとりと微笑む。
「もう気は済みましたか?」
「まるで些細ないたずらかわがままをたしなめられているような気持になってくるけど、あぁ、そうだね。観念したよ。この状況からじゃさすがに勝ち筋はなさそうだ。大人しく負けを認めて王国から去るよ」
「あら、それなら帰る前に王国を挙げての祝勝会に列席してくださらない? きっとみんな喜ぶわ」
「……なんで動乱の首謀者がそんなものに参加しなけりゃならないのか理解に苦しむし、「きっとみんな喜ぶ」という言葉が紛れもなく本気で真実だっていうことに僕は頭痛を禁じ得ないんだけど、もういいさ。それがエルフ族なんだね。わかったよ。負けた。降参だ。一晩だけお邪魔させてもらうよ」
「それはなによりだ。彼女の手料理を存分に味わってゆけ」
「やれやれ、よりを戻した途端に嫁自慢かい? まったくお熱いことだねギデオン」
「当たり前だ。シャラウ以上の女などこの世に存在しない」
「まぁギデオンったら、お客様の前で恥ずかしいわ」
「……あぁもう、本当に頭痛がしてきたよ。冷徹な闇の英雄はどこへ行ってしまったんだ。末永く爆発してくれ。付き合ってられない」
かぶりを振ると、トウマはフィンに声をかけようと、踵を返した。
すると、天使形態のフィンは、シャーリィと向き合っているところであった。
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