ほんたうのさいはひ
フィン・インペトゥスは木製のお盆を抱えて、幽骨製の壁の前に立っていた。
隣にはリーネもいる。
二人の間には緊張が漂っていた。
これから、〈道化師〉に食事を届けるのだ。
「フィンどの」
「はい」
リーネと頷きあうと、彼女は壁に手を触れ、念じた。
するとたちまち壁が口を開けた。腕を枕にして寝そべっている〈道化師〉の姿が目に入ってくる。
「おや、ノックぐらいしてほしかったところだね」
こちらに首を傾け、いたずら気に笑う。
「あ……えと……」
「冗談だよ。捕虜にそんな気兼ねしてどうするのさ。さぁ、入っておいでフィンくん。また会えてうれしいよ」
身を起こし、無造作にあぐらをかく。そのしぐさはどこにでもいるただの少年っぽくて、なんだか〈道化師〉の印象が少し柔らかくなるのを感じた。
リーネと目を合わせると、彼女はひとつうなずいて一歩下がった。
「なにかあったらすぐに声を上げてくださいね」
「了解であります。でも、きっと大丈夫でありますよ」
フィンは笑い返し、〈道化師〉に向けて歩み出した。背後で入り口が閉じるのが、空気の流れでわかった。
「いつもは祭祀たちが食事を運んでくるんだけど、今日はどうしたのかな? 僕からなにか情報を引き出したい?」
「うっ……」
速攻で見抜かれてしまった。
フィンの顔を見て、〈道化師〉は苦笑する。
「ヤビソー氏にでも言われてきたのかな? 心配しなくても、そんなことでへそを曲げたりはしないよ」
幽骨で形作られたテーブルにつく〈道化師〉。
フィンはその前にお盆を置いた。
「ど、どうぞであります」
「うん、いただくよ。へえ、今日は魚か」
献立は、川魚の塩香味焼きと、赤くドロっとしたスープ、それから大きな魚の切り身とエビを米と一緒に蒸したパエリアのような料理だった。
「……米って、あるんだね」
「帝国からの輸入品らしいであります」
「ふぅん」
木製の杓とフォークで料理に取り掛かる。
「フィンくんは、こっちにきてから気に入った食べ物とかある?」
「えっと、えっと、アラパルリの実がおいしかったであります! 赤くてとても綺麗な果物であります!」
「どんな味?」
「すっごく甘いでありますっ!」
「ふふ、そっか。僕も食べてみたいものだな」
「献立に入れてもらうようお願いしてみるであります!」
「ありがとう。思った通り、君は優しいね」
「え、えと……そう、でありますか?」
〈道化師〉は柔和に微笑んだ。
「どう? ここの暮らしは楽しい?」
「はい、とっても!」
「うん、それは良かった。君が笑ってくれると、僕もうれしい。食事のお礼に、ひとつ教えてあげよう」
「へっ?」
「オブスキュア王女はかつては三人いた。だけど第一王女は非業の最期を遂げた」
部屋の気温が、一気に下がった。
「そ……れは……」
「誓って事実だよ。シャラウ陛下も、それは知っているはずだ。両姫殿下は年代的に微妙な所だけど」
「ど、どうしてそれをあなたが……」
「決まってるだろう。〈鉄仮面〉――ギデオンから聞いたのさ」
その頬に、いつもの謎めいた微笑はなかった。ただ、哀しげだった。
「フィンくん。君と友達になりたいと言ったことに嘘偽りは一切ない。だけどね、僕はどうあってもギデオンに味方させてもらうよ。別に彼の方が正しいだなんて言う気はない。だけど、娘の死に対して、シャラウ陛下よりも彼の方がよほど誠実に向き合っていると思うから」
目の前の少年の、ギデオン・ダーバーヴィルズに対する言葉にならない想い。
それは――フィンに向けてくる親愛の情にとても近いものだった。
――共感の念。
フィンのように。ギデオンのように。彼もまた、なにかを喪ってここにいるのだと。
こちらもオススメ!
いいなと思ったら応援しよう!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。