咲いて、散った、一輪の花
「……この気持ちは、僕がこの森にきた理由とはまったく関係のないものだ。目的達成の益にはならない無意味な感傷というやつだね。だけど、だからこそ、利害を超えて誰かのために戦いたいと願うこの気持ちは、きっと大切なものだと信じる」
「で、でも……家族で争うなんて、ぜったい間違ってるであります……きちんと話し合えば、なんとか妥協点が探れるのでは……?」
「どうかな。幽鬼王という存在は、今わの際に抱いた想いに強く縛られる存在だ。妥協ってことができなくなっている。それに、ギデオンがどこまでも「父」であったのに対し、シャラウ陛下は「母」である前に「女王」として判断してしまう人だ。それが悪いと言う気はないし、母としての情を持っていないとも思わない。だけど、ままならぬ板挟みにあったとき、感情よりも義務を優先してしまう。そういう〈宿命〉の軛に囚われた人なんだよ。だから、ギデオンとシャラウ陛下の和解はきっと無理だ」
「そんなの、やってみなければわからないでありますよっ! 小官、これからシャラウ陛下に会ってくるでありますっ!」
「どうしても戦いを回避したいのならば、焦ってはいけないよ。シャラウ陛下は女王としての仮面で心を鎧っているけれど、その芯はとても繊細だ。だからこそ第一王女の死を直視できなかった。そんな人に対して、いきなりトラウマをほじくるようなことをしても、きっと無意味に傷つけるだけで何も得るものはないと思う」
「うぅ……」
「だから、まずはシャラウ陛下の仮面を剥すところから始めないとね」
「そ、そんなのどうやって……」
「さて、それは君が考えることだ。僕は特にこの戦いを止める気はないんでね」
それきり、彼は食事に集中してしまった。
なんだか見捨てられてしまったような気がして、フィンは急に心細くなった。
「……オブスキュア第一王女は、どういう最期だったのでありますか……?」
「うーん、そこまでは教えてやれないな。非業の最期を遂げた我が娘、その魂の無念に報いんがため――彼はただそう語っていた。……辛いな、このスープ」
「お水、どうぞであります」
「ありがと」
――非業の、最期。
このオブスキュア王国を、豊かで優しい理想郷のように考え始めていたフィンにとり、どうすれば非業の最期など迎えることができるのか、よくわからなかった。食べ物には困らず、外敵などおらず、病ともほとんど無縁。
強いて言うなら、森の禽獣の中には気性の荒い者もいるため、狩りの途中で事故に遭う……という可能性はないではない。
しかし、獣に殺されたからオブスキュアを滅ぼそうなどと、理屈がまったく繋がっていない。
では――エルフに、殺された? その報復に、ことを起こした?
にわかには信じがたいが――仮にそうだったとして、娘を殺された怨みが国全体への怨みに転化しうる犯人となると……
――シャラウ陛下が?
ぞくり、と皮膚が粟立った。女王が自らの娘を殺し、それを怨みに思った夫が彼女の国を滅ぼそうとしている……?
「ごちそうさま」
その声に、肩が跳ね上がった。
見ると、〈道化師〉が見透かすような、挑戦的な眼差しを向けてきていた。食器はきれいに空になっていた。
「それで? きみはどうする?」
謎めいた微笑。
決然と、フィンは見返した。
「やっぱり、シャラウ陛下に会ってくるであります」
「そう。それが君の決断なら、迷わず行くといい」
うなずき、食器を乗せたお盆を抱えて立ち上がった。
「それでは、小官はこれで」
「うん」
踵を返して歩き出す。
「フィンくん」
「……?」
「また、来てくれるかい?」
「はい。必ず」
最後に交わした微笑みは、打算のないものだったと、フィンは信じたかった。
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