〈死の巫姫〉の肖像 #3
〈しかし、制御と言ってもどうすればいいのか。こんな恐ろしい力、誰にも言うことができない。まず信じてもらえないだろうし――だいいち恐怖されたり拒絶されたりするのが、怖い。〉
〈練習、するしかないのだけど、いやしかしそれはつまり生き物を殺すということだ。どうにも気が咎める。それに、お傍居役のアーブラスでも見ていない間に練習する必要があった。〉
〈……そういうわけで、水浴びの最中に魚相手に試してみることにする。仮に殺してしまっても、それはそのままお昼ごはんにしてしまえばいい。アーブラスは木陰に控えている。わたしが水中で何をしようがわかるはずがない。〉
〈衣服を脱ぎ、肌着一枚で湖のひとつに足を進める。ゆらめく水面を透かして、水底の水草の鮮やかな緑が目に入った。冷たい水の感触が腰にまで至る。〉
〈大きく息を吸い込んで、潜る。〉
〈目を開けると、架空質の角を持った小魚の群れがいた。〉
〈手を伸ばし――念じる。その魂をつかみ取るようなイメージ。〉
〈びくん、と群れの中の一匹が大きく痙攣し、やがて腹を上にして浮上し始める。〉
〈うわ、やっちゃった。〉
〈思わず息を吐き出してしまい、気泡で視界が塞がった。慌てて立ち上がり、水面に浮かび上がってきた小魚を掴む。〉
〈ぴくりとも動かない。架空質の角も消えている。死の力は本物だった。なんてことだろう。ぜんぜんいらない。〉
〈……が、まぁ、とにかく、小魚一尾ではお昼ご飯に足りないので、もう何匹か獲ってみよう。〉
〈肌着のスカートで小魚を八尾ほどすくい上げながら戻ってきたわたしを見て、アーブラスは目を点にした。いや、気持ちはわかる。わかるけどとりあえず火を熾してちょうだい。〉
〈そんな感じで力の制御の修練を続けたのだった。〉
〈また時は移ろう。〉
〈とにかく、この力はわたしの意志を離れて暴走する、ということはないみたいだった。標的を見据えて、掌を向け、えいと気合を入れてようやく死の力は働くのだ。〉
〈だけど、やっぱりもたらす結果が重大すぎる。たとえば寝ている間に悪夢を見て、無意識のうちに使ってしまうかもしれない。そうしたら、近くの人は死んでしまうかもしれない。〉
〈たとえば……そう、恋人、とか。〉
〈見た目はまだ八歳くらいの子供にしか見えないだろうけど、王族であるわたしはすでに八十年を生きている。だからまぁ、その、そういう知識はもうあった。〉
〈いや、そういうことは百年近く先の話になるんだろうけど、それでも暗澹たる気持ちになる。〉
〈恋に対するあこがれはあった。好ましい殿方と、睦言を交わしたり、肩を寄せ合って星を眺めたり、じゃれあったり、口づけをしたり。そしてその人との間に生まれた我が子を抱きしめる――そういう、エルフの女として当たり前のあこがれは確かにあり、その気持ちが日に日に膨らみつつあることも自覚していた。〉
〈けれど――そんな未来は、来ないのかもしれない。〉
〈魔力容量が少ないから出産権を獲得できないし、それに一緒に寝た人を殺してしまうかもしれないのだ。こんな女を好きになってくれる男性なんているとは思えない。〉
〈どうして、わたしだけ。〉
〈どうして。〉
〈さみしさと、哀しさにこらえられなくなって、わたしは母上に抱きついた。すると何も言わずに抱きしめてくれた。〉
〈「■■■■。わたしの宝物。わたしの幸福。わたしのすべて。どうして泣いているの?」〉
〈死の力のことは言えない。母上にまで拒絶されたくない。〉
〈「……わたし、一生、恋なんてできないかもしれない……」〉
〈「魔力のこと?」〉
〈「ごめんなさい母上。こんな体に生まれちゃって、ごめんなさい……」〉
〈「そんなこと、言っちゃダメ。■■■■が生まれてきてくれて、わたしはとってもしあわせよ?」〉
〈わたしは、知っていた。王家らしく魔力の豊富な母上は、すでに第二子の出産権を得ているのだ。〉
〈だけど、それを黙っている。おくびにも出さない。〉
〈わたしに遠慮しているのだ。ここで第二子を授かったら、それはつまり不出来な第一王女■■■■を見限って、別の世継ぎを確保しようとしているように思われてしまうから。〉
〈気持ちは、理解できた。わたしが母上の立場だったとしても、やっぱりそうしてしまうだろう。〉
〈気づかわれている。それがわたしには何の救いにもならないにしても。〉
〈……ふいに、くやしくなった。〉
〈自分が情けなかった。〉
〈このままじゃあ、オブスキュア王家はわたしのせいで断絶しかねない。それだけは絶対に阻止しないといけないだろう。〉
〈なんとか……なんとかしなくては。〉
〈そう強く思った瞬間、わたしは霊的な衝撃を感じ、肩を跳ね上げた。〉
〈「……■■■■?」〉
〈「ぁ……」〉
〈頭をぐるりと囲むように、熱を感じた。次の瞬間、熱源が光を放ち、頭に重みを感じた。〉
〈「まあ……!」〉
〈母上は喜色に満ちた声を上げ、両手を合わせた。〉
〈手を頭にやると、硬く温かい感触があった。〉
〈「おめでとう、■■■■。〈哀しみよりも藍きもの〉に選ばれたのね。こんなに小さいうちから神統器を宿すなんて、名誉なことよ。お母さん鼻が高いわ」〉
〈「これが……神統器……」〉
〈わたしの決意を、敏感に察したのか。〉
〈つまり……わたしは、我欲よりも国と民のことを優先して考える存在になったのか。〉
〈……そうなのかな? 自分では正直信じられない。〉
〈だけど、神統器の裁定は絶対だ。この身が選ばれた以上、わたしは貴種の義務に殉ずる人格であるらしい。〉
〈そして、自然と理解できる。伝わってくる。〈哀しみよりも藍きものの持つ力。〉
〈……天祐かな、と思った。〉
〈それからわたしは、自らの生命の源となっている精霊力を、魔力に少しずつ変換するようになった。食後の魔力還元の儀において、ほんの少しずつ魔力を上乗せしていったのだ。もちろん、健康を損なうほど多く変換するつもりはなかった。無茶をして早死にするなんて許されない身の上なのだ。〉
〈だから、ちょっぴりずつ。〉
〈それを何十年と続けた。いつか報われると信じて。〉
〈そんなある日――わたしはそいつと出会ったのだ。〉
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