〈死の巫姫〉の肖像 #4
〈最初見た時、そいつは樹に宙吊りになっていた。〉
〈「やあ」〉
〈小さな野花のような笑みを浮かべ、こちらに向けて手を振っている。〉
〈蔓を編んでこしらえられた縄が片足首に巻きついて、彼を空中にぶらさげている。〉
〈「いい天気だね」〉
〈「そうね。でも祭祀さまたちによると、午後から降るみたいよ」〉
〈「そっかー。まいったな」〉
〈ちっとも参ってなさそうな声色だった。〉
〈欠片もあせりが感じられないのほほんとした顔の周りを、暗い緑色の髪が重力に従って逆立っている。〉
〈服装は青い騎士装束。紅色ではないということは、まだ元服はしていないようだ。つまり年下である。〉
〈「助けを呼んだ方がいい?」〉
〈「ありがとう。だけどそれには及ばないよ、小さな貴婦人さん」〉
〈「そう? じゃあ、なにしてるの、それ?」〉
〈「うん、常日頃、親父から「お前は頭の血の巡りの鈍い奴だな」とかひどいことを言われているので、いっちょ頭に血を上らせてみようかと」〉
〈「助けを呼んでくるわね」〉
〈「待て待て待て待て待ってよ可愛らしいお嬢さん。男にはメンツというものがあってだね、獣獲りの罠に引っかかったなんてバレたら物笑いの種だよ。どうかそのあたりを汲んでだね、きみの力でどうにかしてくれないかなあ」〉
〈どうもわたしが第一王女だと気づいておらず、そのへんの貴族の子供だと思っているみたいだった。〉
〈失礼しちゃうわ。これでももう百歳越えている、立派な大人なのに。〉
〈というか、騎士のくせに王族の顔を知らないなんて、とんでもなく間抜けなやつ。まぁ、わたしが死の力の暴発を恐れて、人とほとんど交流しなかったのがいけないんだけど。〉
〈でも――わたしが実は王太女だと知ったときの、こいつの慌てようが見てみたくなった。〉
〈「いいわ。木登りはあんまり得意じゃないけど、やってみる」〉
〈「やあ、ありがとう。恩に着るよ。あとで肩車してあげよう」〉
〈失礼なやつ!〉
〈とにかく、登る。洞や出っ張りに手をかけ、慎重に登攀してゆく。〉
〈木登りはあんまり得意じゃないのは確かだけど、さすがにこの程度の若木を登るのにしくじるようなエルフはいない。〉
〈枝の上をそろりそろりと這い進み、縄が結わえつけられている箇所までたどりついた。結び目に指をかけるが、固く結ばれており、わたしの力では解けそうにない。〉
〈「ねえ、幽骨剣あるわよね?」〉
〈「あぁ、どうぞ。刃を出すときは気を付けてね」〉
〈しまった、登る前に貸してもらえばよかった。彼は体を曲げて渡そうとしてくるが、到底届かない。〉
〈「よし、投げるよー」〉
〈「えっ」〉
〈ひょいと放られてきた幽骨剣の柄を、わたしはあたふたと掴み取ろうとした。〉
〈しかし指の先で弾いてしまい、あらぬ方向へ飛んでゆく。〉
〈いけない! 咄嗟に身を乗り出して柄を掴むも、体の均衡を崩して枝から落ちてしまった。〉
〈背筋に冷たいものが走る。頭から落ちさえしなければ死にはしないだろうけど、骨を折るくらいはありうる高さだ。そうなったらどうなる。間抜けな見習い騎士くんは何らかのお咎めを受けるんじゃないだろうか。それはさすがにかわいそうだ。〉
〈考えてみれば柄を取り落としたって、また降りて拾えばいいだけの話だった。もーわたしのバカバカ!〉
〈などと考えながら体を丸めたわたしを、不意に長く力強い手が抱き留めてくれた。〉
〈「おっとっと、危ないな」〉
〈落下してくるわたしを、咄嗟に抱き寄せてくれたらしい。〉
〈重力に従って職務を放棄しようとするスカートを慌てて押さえながら、わたしは口を開いた。〉
〈「あ……ありがとう」〉
〈「うん、怪我しなくて良かった」〉
〈「って、いきなり投げないでよ! 落としちゃったじゃない!」〉
〈「うーん、困ったねえ」〉
〈実際、困った状況だ。二つの意味で。〉
〈頬に当たる彼の胸板の感触に、頬が熱くなった。考えてみれば、父上以外の殿方に抱きしめられたことなんてこれが初めてだ。〉
〈衣服越しに引き締まった筋肉のうねりが感じられて、うわぁどうしようこれどうしよう。〉
〈軽くパニックに陥ってジタバタしてしまう。〉
〈「……ッ……」〉
〈すると、彼が一瞬、眉をしかめた。〉
〈「え……どうしたの?」〉
〈「いや、なんでもないよ。ははは……」〉
〈なんでもないわけがない。〉
〈一瞬で感づく。見上げると、彼の足首が赤く腫れていた。〉
〈仮にも二人分の体重がかかった箇所だ。関節を痛めるくらいはしているのかもしれない。〉
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